ご縁のあった人たち

無料ブログはココログ

« 犯罪者の処罰について | トップページ | 大阪都構想などに見る自民党地方組織の堕落 »

2015年5月14日 (木)

仕事と研究の関係

 大学の考え方について、また考えてみた。そこで、研究姿勢についてもう一度見直してみた。研究して求めるものは、「

一般的・総体的・体系的」に説明できる、理論を作るものであり、その理論は「理想的」な理念の社会で構築することが多い。
 さて、このような研究は、従来の研究の蓄積の上で、しかるべき「問い」を発し、それに答えを出すという形が多い。このような「問い」について、パラダイムと言う人もいる。
 ここで見方を変えてみよう。このような、研究社会での色々なルール、考え方などは、一般社会のものとは異なった形になる。一例を挙げれば、一般社会での説得なり、先行事例を揚げ、類推を聞かせるような話し方は、十分論理的な説得として受け入れられることが多い。しかしながら、学会発表では、そのような言い方は単なる仮説のレベルであり、厳密な定義と、推論規則にのっとった議論でなければならない。
 そこで、大学に於いて高度な研究の一端に触れた学生(院生)は、このような学者世界の文脈でも思考できるようになる。一方、まだ一般社会での議論の仕方も残っていて、二つ以上の文脈を使い分けることができるようになる。
 このような経験をしていると、就職しても会社生活の文脈への適合可能性が高くなる。博士課程前期で、しっかりした研究方法論を身につけ、その後会社生活で適合した人間が成果を出すのは、このような文脈と言うか、暗黙的な智慧への適合能力が高いからと思う。一方、博士課程後期まで行くと、学会文明に漬かりすぎて、他への対応力が弱くなるのではと思う。

« 犯罪者の処罰について | トップページ | 大阪都構想などに見る自民党地方組織の堕落 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 仕事と研究の関係:

« 犯罪者の処罰について | トップページ | 大阪都構想などに見る自民党地方組織の堕落 »