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2015年5月24日 (日)

『教頭』になりたがらない

 今朝の朝日新聞を見ると、学校に於いて
  「教頭になりたがらない」
と言う話が載っていた。そのために、志願者制度から切り替えて、校長が推薦させて受けさせるという対策を取るという話である。まるで、第2次大戦中の「特攻隊は志願者だ!」と言う議論を想い出すような事態である。
http://digital.asahi.com/articles/DA3S11771038.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S11771038

 この問題は、原因の深堀をしないと、解決できないと思う。私の考えるところ、2つの大きな原因がある。一つは、日本の組織一般にある問題で、
 「担当者から管理職への切り替えができない」
と言う問題である。これに付随して、
 「管理職になったら何ができて良くなるか見えない」
と言う問題も絡んでくる。この場合には、
 「教頭になったら、どのように権限が増えて、理想の学校実現のために何ができる。」
と言うものが見えていないことが、動機を弱くする話だと思う。
 この問題には、文部科学省などの介入問題もある。指導に関して決められすぎていて、動きが取れないという世界である。

 さて、もう一つの問題点は、教師世界特有の問題である。学校教育の場は、一般企業と異なり、免許を持った人間が、一人で授業を行う、という建前がある。つまり、大学卒業し、採用されたら一人前であり、そこで一人で仕事をする。このような組織は、本質的に経営学でいう管理と言うものができにくい組織である。いわば、問屋制手工業の世界である。
 教師同士は、一人前の平等世界と言う価値観から、一人抜け出すには、大きな抵抗があると思う。

 私が、この問題で解決策と思うのは、教師世界の特性を利用する方法である。学校教師の多くは、教科書出版社の作った『指導書』(言わゆる赤本)に頼っている。これを考えれば、
  『教頭業務の赤本』
を教頭候補に向けて配布することで、教頭向けの人材の意識づけができるのではないかと思う。なおこれを無償配布と言うのは、その『赤本』で育った教頭は、必然的にその出版社に依存する度合いが高くなる。従って、その出版社の教科書採択にも有利に働くので、十分回収できると思う。

 この話、誰か真面目に考えてくれないだろうか?

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