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2015年6月14日 (日)

時代の背景を見ながら「空気」を考える(続き 第2次大戦敗戦 その4)

 第2次世界大戦は、日本の降伏で終わった。この時、戦争継続の「空気」を断ち切るために、昭和天皇の、「ご聖断」に依存したことは、「空気」の本質にかかわる。つまり、根拠のない空気に対しては、「全体的な力で断つ」必要があるということである。

 さて、その次に来る「空気」は、戦争に対する、責任追及の動きである。ここで、東京裁判と言う、何とも言い難い事態が起こってしまった。この裁判は、事後立法での裁きと言う、法律的に見てもどうしようもない欠陥を持っている。
 しかも、弁護側が厳しく追及したように、戦時国際法により、東條英機などのA 級戦犯の訴追には、どう見ても無理がある。ただし、個人の意見としては、少なくとも東条英機個人を、戦時国際法違反で、追求する手段は、少なくとも一つある。それは、「戦陣訓」である。
 http://www.geocities.jp/kyoketu/8193.html
 この中にある

(

はじ

)

を知る者は強し。常に

郷党

(

きょうとう

)

家門

(

かもん

)

面目

(

めんぼく

)

を思ひ、

愈々

(

いよいよ

)

奮励

(

ふんれい

)

して其の期待に答ふべし。生きて

虜囚

(

りょしゅう

)

(

はずかしめ

)

を受けず、死して

罪禍

(

ざいか

)

汚名

(

おめい

)

を残すこと

(

なか

)

れ。

の一節は、軍人が降伏し捕虜になることを禁じている。これは、完全な戦時国際法違反である。自分が、捕虜になるのを禁じられていたら、相手側の捕虜に対しても、まともな扱いなどするわけがない。そして最後までの死守は、双方の被害を大きくする。これを命じた罪は大きい。

 しかし、もっと大切なことは、東條英機など軍指導者を、本当に裁くのは日本国民でなければならなかった。個別の事例でも、インパール作戦の司令部など、無能の極みで、判断ミスを重ねて、多くの死者を出した。これは、連合軍にとっては、あれほど無能な指揮をしてくれたということで、感謝状モノであろう。そして、我々被害者である、日本側が彼らを裁くべきである。
 しかしこのような裁きを、日本人は行わずに、マッカーサー司令部様に、裁きをお願いしてしまった。これを見て、マッカーサーも

民主主義の成熟度について「アメリカがもう40代なのに対して日本 は12歳の少年、日本ならば理想を実現する余地はまだある」

と発言している。子供だから、先生の言うことをよく聞く、という趣旨だろう。

 私は今は、マッカーサーたち占領軍は、当時の日本を、
  「国家神道」に染まったカルト集団
とみていたのではなかろうかと考えている。このため、日本の教育では、科学的と言うことが再度強調されるようになった。山本七平氏の著作にもあったが、
  「日本人には進化論を教える」
と善意に満ちた、アメリカ人達がたくさん来た。

 このように考えると、東京裁判の別の見方もできるように思う。

 

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