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2015年6月16日 (火)

時代の背景を見ながら「空気」を考える(続き 東西冷戦 その6)

 さて、戦後の日本の体制を考え時、東西冷戦の時代背景を理解しないと、現在の常識では読み取れないものが在る。1945の第2次大戦終結から、直ぐにアメリカとソ連は、資本主義と共産主義と言う対立図式を持って、冷戦状況となった。特に我が国の関係する、朝鮮半島では、38度線で共産主義と、資本主義の南北朝鮮国家が対峙する形となる。しかも、1950年からは、北朝鮮の侵攻を契機に朝鮮戦争が始まる。この戦いは、アメリカ軍の支援で、何とか押し戻したが、途中では中華人民共和国の「義勇兵(中国側は正規軍と認めていない)」の大量投入などもあり、アメリカにとって、共産主義の南進は、悪夢のシナリオの一つになった。また、当時の南北朝鮮のGDPは、北の方が南より高かった。このような状況から、共産主義有利と言う、声にもある程度の説得力があったのが、1950年代である。
 ここで日本の総理大臣としての吉田茂の、あくどいばかりの行政手法が発揮される。なお、上で書いた、共産主義有利の説得力と言う話には、一つの裏話がある。旧陸軍の指導者たちで、生き残った者たちの一部は、戦後も色々と活動をしている。彼らは、種々の問題点はあるにしろある程度は有能な者である。彼らの一部は、反米の立場で、ソ連や共産中国に接触しようとした。そして、共産主義の実態を見て、「これでは行き詰る。」と判断し、親米路線に舵を切っている。
 上記のような状況で、共産主義有利と言う意見を持つのは、現実を見ない理論家か、中国やシベリアで戦争捕虜として抑留され、洗脳を受けた者が主体となっていた。抑留者の中でも、共産主義に協力的な者は、優先的に日本に返されたと聞く。
 さて、吉田茂の腹芸に話を戻す。上記のように、現実をきちんと見ると、
  「資本主義の方がまし」
と言う結果が出てしまう。しかしそうなってしまうと、日本と言う国はアメリカ追従の完全に言うことを聞く国とアメリカに見られて、どこまで要求されるかわからない。
 そこで吉田茂のやったことは、社会党などに、「理想主義に走る」ように炊きつけたのである。ある程度の日本人は、「ソ連万歳」と叫んでいる。このような状況を作って、何とか資本主義陣営に留まるように、日本の経済復興を支援することが、アメリカの利益になると、訴えたのである。更に、逆の面では、憲法9条の思想を重視し、朝鮮戦争への正規参加を免れるという、かじ取りをした。
 ここで吉田茂の行った、『ソ連万歳、共産主義万歳』部隊の育成は、現実を見ずに、理論的なモノだけで突っ走る、左翼的知識人を育成することになる。
 知識有るものは、一度はマルクスにかぶれる、と言うのがこの時代の流れであった。
 こうして、現実を見ずに理論だけで走ることで、またもや「空気」が暴れまわる世界ができていく。

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