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2015年6月26日 (金)

学ぶべきものは、手法か、本質か、行動の志向性か?

 ネットでこのようなページを見つけた。
 http://buzz-media.net/funny/5324/
 つまり、インド式の計算法で、
  96×97=9312
 を、100-96=4、100-97=3 から 100-(3+4)=93と3×4=12
とつなぎ合わせる計算法である。
 これは因数分解を使うと、なぜそうなるかが良く解る。
 (100-x)×(100-y)=100×100-100×y-100×x+x×y
となるがこれを少し整理する。
 100×(100-(x+y)) + x×y
ここでxとyが十分小さい、もっと正確には、x×yが100を越えないなら、このように100より上の桁は、100-(x+y)で決まり、下位の2ケタは、x×yで決まる。

 ここまで、整理して考えると、この知識は忘れないし、また忘れたとしてももう一度導き出すことも可能である。このように、きちんとした原理まで踏み込むように考える。これが本当の教育ではないかと思う。そして、手法を教えるときには限界も教える。ここで、x×yが100を超えるなら、桁上りが生じる。このように教えておかないと、特別な手法がどこでも使えると間違うことがある。

 さて、教育で身に着けさせることでもっと大事なことがある。それは、このように、伊パン的な知識を求める志向性である。出来るだけ基本的な原理で説明できるようにする。説明がしっかりしていれば、手法の使いどころと限界も見えてくる。

 このような姿勢の教育はできているのだろうか?

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