ご縁のあった人たち

無料ブログはココログ

« 学ぶべきものは、手法か、本質か、行動の志向性か? | トップページ | 恨みと怒り(主体性の問題) »

2015年6月27日 (土)

マタハラについて本当の解決は

 厚生労働省などが、マタハラについて、色々と調べ追及している。しかし、この問題を本質的に考えるためには、色々な視点での検討が必要だと思う。
 例えば、その部門の管理・監督者で考えてみよう。当然、産休の間での戦力補充を考えるか、周囲の人間の負荷増で乗り切るかを考えないといけない。
 そして同僚には、何らかの負荷の増加などのしわ寄せが行く。テレビで、夜勤のシフトを外してくれないのが、マタハラの例として、放送されていた。彼女の夜勤を外すことは、誰かが夜勤を多くすることになる。この人たちの苦情は、誰が受け付けてくれるのだろう?
 もう少し、話を広げてみよう。今国会で話題になっている、派遣社員の扱いである。このような短期的な負荷増に関しては、派遣社員のような、短期的な雇用者による負荷対策が一つの解決案である。
 しかし、派遣社員でスキルやその職場での蓄積した知識などに対応できるか、これがもう一つの問題になる。
 逆に、常時穴埋めの立場の人間をつくるという解決もある。学校教師の世界では、産休先生と言う形で、正規雇用以外の教師を確保し、産休に対応するシステムができている。これは、マタハラ対策としてよいかもしれない。しかし、
 「私は、非常勤のままです!」
と泣いていた、子供には誠実に接して、評判は良いのだが、正規教師の登用試験は落第した人を知っている。
 このような目で、見ていくと、マタハラ問題の解決は難しいものがあると思う。
 私の経験では、かなりの自由裁量のある管理職の元で、経営的資源の余裕があれば、人員をあらかじめプールしておいて、負荷調整ができるように思う。このような管理職を育てる、そして認めていくのが本質的な解決になると思う。

« 学ぶべきものは、手法か、本質か、行動の志向性か? | トップページ | 恨みと怒り(主体性の問題) »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: マタハラについて本当の解決は:

« 学ぶべきものは、手法か、本質か、行動の志向性か? | トップページ | 恨みと怒り(主体性の問題) »