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2015年7月13日 (月)

大学の文系学部について

 大学の文系学部の見直しを、文部科学省が要請したらしい。
  http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/jcast-20150712-239735/1.htm
 これに対して、大学側の反応は、色々と別れているようである。私は、大学は理系で卒業したが、その後会社では事務屋の仕事も少しはしたし、社員の能力開発ではかなりの経験がある。その立場で言わせてもらうと、もっと、文系の基礎教養をしっかりしてほしい、と言うのが大学への要望である。例えば、哲学の強靭なる論理性や、広い視野での思考法、法の階層的構造による、実用的な論理の展開、経済学の様々な状況を単純化して理論化する考え方、文学等の人の心に寄り添う力、等々いくらでも生かし方は出てくる。
 私の考えていることは、以下の資料にまとめて置いた。
 http://manabizz.c.ooco.jp/sougoujouken.pdf
 http://manabizz.c.ooco.jp/new/?page_id=58

 しかし、考えてみると、なぜ私がこのような資料をつくらないといけなかったのだろうか?言い換えると、大学側から、大学の学問は就職後もこれほど役に立ちますよ、という趣旨の発信ができていないのではないか。これが問題の本質ではないかと思う。どこやらで、G型L型とかいう議論があり、「XXより、実務に役立つXX」をと言う議論がある。これに対して、きちんと反論できていない大学と言うのは、やはり潰されても仕方ないのかな~~

 日本の大学は、もっとハングリーに世界に向けた発信をすべきではないかと思う。日本的な経営や社会の現象は、世界中で検討されるべきものがあると思う。

 例えば、歴史で考えても、これだけの閉鎖社会で、無事20世紀まで生き残ってきた国である。そのためには、内部の改革能力もあり、宗教の平和化の動きもある。戦国時代から綱吉の生類憐みの令まで、一連の平和への動きなど、今の時期にもっと研究し発信すべきではないかと思う。

 また、近頃では、オウム真理教の事件がある。此れこそ、軍事心理学の立場で、きちんと研究すべきである。日米安保と言うことで考えるなら、アメリカとの共同研究も考えるべきであろう。アメリカは生きたテロリストを、捕獲するより殺してしまうことが多い。オウム真理教の死刑囚など、なぜテロに走ったか、きちんと研究するといえば、アメリカの軍事研究などとも共働する可能性もあるだろう。逆に、元オウム信者の手のひら返しは、これも研究すれば、兵士の帰還後の心理ケア問題から、占領地の住民支配問題まで、多くの検討材料があると思う。
 このような、宝の山をしたたかに活用する、たくましい「文系」大学が、日本にないのだろうか?

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