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2015年7月31日 (金)

自らの罪との向き合い

 昨日まで書いた、自らの罪との向き合いの話に関連して、もう少し事例を拾ってみた。

 まず、内観でググってみると、「光の輪」のホームページまで出てきた。
 http://www.joyu.jp/hikarinowa/naikan/
 この内観の指導は、警察関係者であり、先日から取り上げている「絶歌」の元少年Aの体験した、治療と通じるものがあると思う。この内容を見ると、「元オウム信者」の両親などとの関係改善では、それなりの成果が出ているらしい。ここまでは良いだろう、しかしながら、麻原彰晃のことを、色々と(悪く)書いている。これを見ると、彼らの内観治療では、罪との向き合いにおいて、最後には
 「麻原彰晃が悪い。君たちはその被害者である。」
と言う逃げが、準備されているように思う。
 この内観の場合には、内観治療を受けるものが、自己破壊などの副作用を受けることは少ないだろう。しかし、「自分も被害者」と言う立場になるなら、本当の反省ができるのだろうか?
親鸞の言うところの、「善人」のレベルに留まってしまうのではないかと思う。地獄を、自分行ったことの結果と正面から受け止めてこそ、本当の修行になると思う。これを他人のせいでと、責任転嫁すれば、修行にならないのではないか。
 キリスト教の地獄なら、一方通行だからそれでも良い。仏教などの輪廻転生では、地獄もまた修行である。真の反省があれば、この次はもっと良い所に生まれ変わると思う。

 さて、自らの罪に向かい合わないという話には、もっと大きな事例がある。戦後70年談話が色々と取りざたされているが、あの時の全国的な、手のひら返しは、歴史の記録として残すべきであろう。8・15までは学校教師たちが、
 「お国のためにお役にたつように」
と教え子を戦場に送り出す。地域の婦人会が、
 「戦争のために供出しましょう。贅沢は敵だ!」
等と言っていた。
 そして、8・15の後は、
 「マッカーサー万歳、民主主義万歳!」
と手のひら返しを行う。そして、
 「悪いのは軍部だ!東条英機だ!」
と言う形になる。しかも日本人独自で、戦犯を裁けずに、アメリカ様に裁いてもらうことになる。この東京裁判自体、ひどい裁判であるが、この裁判で死刑になったA級戦犯達は、自分の罪に向き合ったのだろうか。どうも一部の人間は、「天皇陛下に罪を及ぼさない」と言う言い方をしているようだ。しかし、私は何度も書いているように、東條英機は、『戦陣訓』の責任者と言うだけで、当時の戦時国際法に対しても、十分な罪を犯し、日本国民だけでなく、戦争相手の国民(軍人だけでない)にも死者を広げている。これだけでも、「戦争のルール違反」で死刑に値する。
 このような、罪に対する向き合いが弱いのは、自分が主体的に考える立場でないことが大きいと思う。交流分析で言う、「管理的な親―従順な子供」の関係であり、「成人」として、自分で考えていない。教育勅語などの指示から、GHQ指示に振り替えるだけ、このような「管理的親」しかいなかった。これが大きかったのではないかと思う。

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