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2015年8月21日 (金)

本を読むということ

 昨日取り上げた、「創造の方法学(講談社現代新書)」からもう少しつづける。この本の最初の方に、アメリカの学生はよく本を読むという話があった。これは量的にもたくさん読んでいると思うが、質的にも違う読み方をしているのではないかと思う。
 例えば、ヴェーバーの主著である「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫)」を読んだ人は、多いと思う。しかし、これで何を考えるかと言うと、どうも表面的に

 

「資本主義の金儲けだけでなく倫理も必要」

等と言う、言い方が目につく。この本の本来の議論は、

西洋文明で資本主義が発達したが、特にプロテスタントの信者が多い所で資本主義が進行した。その理由は、宗教的な救済を仕事の上に求めたからである。

にある。これをもう少し突っ込むと、「なぜ日本で資本主義が定着したのか」と言う疑問がわいてくる。日本には、プロテスタントの信仰はない。その代わりになるものがあるだろうか?一つの候補は、「石田心学」である。これについては、山本七平の日本論に出てくる。
 せめて、この程度の広がりと突っ込みをいれながら、読んでほしいものである。もっと突っ込んでいくと、ヴェーバーの主張である、

 「神の救済に対する不安から逃れるために強迫的に仕事をする」

と言う考えには、親鸞の「悪人正機説」はどのように響くだろう。また、大乗仏教の
  「全てに仏性有」
との関係はどうなるだろう。このような考えまで、広げながら突っ込んでいってほしい。また逆に、プロテスタントは働くことを認めたが、カソリックはどうだったろう。働き過ぎを抑えるような動きは無かったろうか?このような観点で考える。さらに、日本と言う国は、勤勉を押さえるような思想はあまりないように思うが、なぜだろう。このような疑問もわいてくる。
 このように考えると、歴史の勉強と言うものは、単なる年号の暗記などを越えて、もっと面白い題材を提供してくれる。
 このような比較研究の方法は、同じ岩波文庫の「社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」 (岩波文庫)」の解説を読むとよくわかる。
 ここまで身につけて、学問上の読書と言えるのではないだろうか。

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