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2015年9月 2日 (水)

東京オリンピックのエンブレム騒動について

 東京オリンピックのエンブレムに関しては、佐野氏の取り下げと言う、またもやいい加減な形での決着となった。確かに、今回の騒動に於いて、佐野氏の他の仕事などでの、部下への丸投げなど、彼の人格面での攻撃材料もある以上、『清潔』を建前とするオリンピックでの採用は、難しいものがあったと思う。
 しかし、この問題は真剣に考えるべきものが2つある。まず一番急ぐことは、発端になったベルギーのデザイナーの訴えを打ち砕くことである。彼の主張を受け入れると、多くの基本的な文字と図形の組み合わせが、類似性と言うことで、使用できなくなってしまう。アルファベットなどと言うような基本的なモノに、デザインと言う権利を認めることは、何も新しいものができなくなってしまう。確かに商標なら保護すべきだが、著作権で創造性を封じるようには持って行ってはいけないと思う。
 特に、わが国には、近隣に我が国の成功を好まない国がある。世界文化遺産の時の、足の引張を行った某国と、その横の大国である。これらの国に、このようなデザインのことで、言いがかりをつけたら、日本は大騒動になると示せば、何でも言いがかりをつけるのは目に見えている。型やウリジナルの芸風を持ち、何でも自国の原型を日本人がぱくったと言う国である。もう一方は、伝統のある大国であるが、「日本の書道に関しては、全て王羲之など我が国のまねである」と言うだけの材料は持っている。これも、自国民の不平をそらすために、反日キャンペーンを行うなどの政治手腕は持っている。
 このような危険な周辺国を考えると、ベルギーでの裁判は徹底して戦い、このようなクレーマーは封じなければならない。

 さて、この問題には、もう一つ長期的かつ広範囲な問題がある。それは、芸術のオリジナリティの評価について、一般に公開すべきと言う問題である。前に私は、STAP細胞問題などで、科学哲学の役割について意見を言わせてもらった。それと同じことが、芸術作品の独創性や評価に関しても、行うべきだと思う。
 ネット上に情報が公開されているが、それを見て多くの人が議論するのは、形の上での類似性である。芸術的な創作について、どのような面を評価するのか、何を行ってはいけないのか、きちんと議論すべきである。そして、一般大衆にも評価尺度を示すべきである。
 そのようにしないと、ネット社会では、勝手な『パクリ論争』が発生し、実質上のリンチ騒動になってしまう。

 このように考えると、科学哲学だけでなく、芸術哲学と言うような分野が、一般大衆に語りかける必要があるのではと思う。

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