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2015年9月19日 (土)

組織における無意識の働き

 心理学では、余り流行らなくなったが、フロイトの一派の研究は、意識していない部分の影響を明らかにしたということで、当時としては画期的な考えであった。私も、中学生時代から、カッパブックスの「催眠術」「精神分析」等を読んでいたので、無意識の影響と言うことについては抵抗なく受け入れている。
 今回の、安保法制への世間の対応等を見ても、反対論者の多くの人は、「安倍総理個人が嫌い」と言う無意識的なモノがあるように思う。さらにもっと踏み込めば、「祖父の岸元総理」に重なる、と言う無意識的な評価が動いている人がいるように思う。もっとも反対論者の多くは、「人権に配慮する」人たちなので、「先祖の行動でその人を批判してはいけない」と言う建前は守っている。このような建前で抑えつけた、無意識的な嫌悪感と言うのは、解除することが難しい。

 さて、このような無意識の影響は、組織においてもあるように思う。大手新聞の報道には、朝日新聞の吉田調書を見てもわかるように、この形で報道しないといけないと言う思い込みがあるように思う。
 特に、マスコミが、抑圧した罪悪感を持っている場合に、報道の行き過ぎが生じるように思う。例えば、1960年から1980年代の韓国に対する報道は、『軍事独裁国』と言う風潮で、批判的な記事が多かった。逆に、『北朝鮮は理想の国』と言う感触の報道も少なくなかった。このような、韓国批判報道の反動と言うか、『無意識の罪滅ぼし』で、韓国に対して有利になるような報道が極端に走ったのが、従軍慰安婦騒動の一面ではないかと思う。

 もっとも、マスコミが抱いた無意識的な罪悪感は、1945.8.15以降の手のひら返しであろう。それまで、『戦意高揚』で頑張っていた各新聞は、一斉に『マッカーサー万歳』と手のひらを返しだした。山本七平氏の言う、『大政翼賛会』から『マッカーサー翼賛会』である。この動きには、「罪を追求する方に回れば、自分は追及されない」と言う、打算が働いたが、『戦時中の戦争協力に対する無意識的な罪悪感』も影響したと思う。
 マスコミによって、一時的に持ち上げられても、マスコミがそれに『罪悪感』を抱くと、厳しく追及される。これは百人斬競争報道においてみられた現象だが、今でもありそうに思う。
 我々も注意して、このような報道を見ないといけない。

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