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2015年9月17日 (木)

歴史を学ぶと言うこと

 先日から、本棚に置いてあった、文庫クセジュの「エピステモロジー:エルヴェ・バロー著、松田克進訳」を読み返している。前に、アメリカの科学教育について書いたが、フランスの哲学や歴史を踏まえた、科学に対する考え方は、多くの学ぶべきものがある。

 この本については、色々議論すべきことがあるが、ここではまず「歴史」の学び方と言うか、活用について議論しておきたい。私たちは、歴史の勉強と言うと、その時にあった事実を学ぶと言う感じがする。そこで、
  「鎌倉幕府が開かれたのは何年か?」
等と言う議論が出てくる。

 しかし、バローの本では、歴史を知ることは、その当時の学問環境を知ることであり、当時の研究者が、なぜそのような発想になったかを知ることである。さらに、ギリシャ文明を知ることで、現在まで流れている、プラトンやアリストテレスの思想を踏まえた上で、しっかり議論している。

 また、人文科学の中で、歴史自体の学び方についても、マックス・ヴェーバーの方法論を踏まえて議論したり、『真なる小説』として各人お思考様式まで踏み込もうとする。このような主観的な研究は、狭い意味の科学的手法からは外れるかもしれない。しかし、その状況での判断について議論することで、歴史の教訓を引き出すことができると思う。

 歴史について学ぶことは、過去から教訓を得ることでもある。反省するために歴史を学ぶ。これが大切ではないかと思う。

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