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2015年9月14日 (月)

他人依存はもうだめではないか?

 昨日の読売テレビの「そこまでいって委員会」は、アメリカ人3人を迎えて、結構楽しめた。
 http://www.ytv.co.jp/iinkai/
 特に、太平洋戦争に関して、アメリカの陰謀説を、日本人が色々と言っているのに対し、

「アメリカはそこまで賢くない」

と、アメリカ人の口から出たのが興味深く、また納得してしまった。

 私も前に、「太平洋戦争は、チャーチルの陰謀だ」とどこかで書いたことがある。しかし、そのチャーチルは、ルーズベルトやトルーマンの政治力を、それほど買っていなかった。チャーチル庭せれば、「アメリカにそこまでの思考力、戦略眼はない」と言うことにになる。これは、何となく当たっているように感じる。つまり原爆投下も、色々な思惑があったのではなく、「とにかく戦争を終わらせよう」という発想だった。トルーマンに、核の力を世界中に知らしめて、アメリカの支配を確定させるという発想など、考え付く能力はないというのが、正直なアメリカ側の理解らしい。なお、この判断には、チャーチルも同意するだろう。

 さて、ここで『陰謀説』が、なぜ我が国で流行るのか、考えてみた。一つの考えは、明治維新以降の我が国の政治の在り方である。これは、大衆をある方向に扇動し、そのエネルギーを使って、大きなことを成し遂げる、この繰り返しである。一寸事例を拾ってみよう。
 まず、幕末の「攘夷」である。これは、清国のアヘン戦争などをきっかけに危機感をあおったが、結局「尊皇攘夷」と方向が少し変わり、「王政復古」から「文明開化」と変化していった。この中で、一部の指導者は「攘夷」などできないと知っていたが、民衆を煽る手段として、攘夷を使っていた。
 次の事例は、日露戦争だろう。『坂の上の雲』と言う、ロマンは良いが、強国日本と言う幻想で、民衆の暴動が起きたことも忘れてはならない。更に、軍人たちに、変な精神主義を押し付けてしまった。この時も、政府幹部などは国力の弱さを知っていたが、これを民主からは隠していた。
 第2次大戦に関しては、上記精神主義の行き過ぎで、大本営発表に惑わされた。もう一つ言えば、新聞のあおり報道の被害もあった。
 さて、戦後に関しては、吉田茂の採用した、冷戦構造利用のアメリカ補助引き出し戦略が、大きな陰謀だろう。そのため、「平和教育の徹底」等を、上手く利用した。なお、「平和教育」自体はアメリカが最初は押し付けたという経緯もある。これらを上手く使い、「日本はマルクス主義に席巻されかけている」と言う空気で、アメリカからの支援や、防衛ただ乗りを実現し、その上で高度経済成長を果たした。

 このように考えると、日本と言う国こそ、陰謀論の実行国である。交流分析で言う「子供の国」だからこそ、このような陰謀論が渦巻くのかもしれない。
 逆に、自分で責任を取らない。考えないからこそ、陰謀論がはびこるのだろう。

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