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2015年10月24日 (土)

自分で考えない親の立場だから転向も容易

 昨日まで議論した、明治以降の日本的教育システムの生み出した、CP(批判的親)による管理システムは、お上の言うことを無批判に押し付ける体制をつくりだした。更に、『空気』と言う、怪しげなモノによる支配まで生み出していく。
 西洋文明では、政府の体制なども、ある程度の民衆参加と、その間の議論で生まれているので、A(成人)による、(ある程度は)理性的な議論を踏まえて、支配層になり、親の立場になっていた。従って、人に対して支持する場合にも、根拠が明確である。ドイツが戦後の体制で、ナチスの責任を厳しく追及したのも、このように戦争に導いた過程が、明確だったから可能であった。
 ドイツと比べれば、日本の場合には、一部の例外を除いて、
   「昨日までの鬼畜米英、今日からマッカーサー万歳」
と言う、手のひら返しが行われている。更に、マスコミに於いても、大新聞が自分の意見を言う社説の場に於いて
   「一億総懺悔」
と言う言い方で、戦中に自分達が戦意高揚などに努め、世論をリードしてきた責任を薄めて口を拭っている。
 これは、自分の力で考えていない、管理的な立場の人間の集まりとして、この国の多くの構成員を考えれば、「戦意高揚と言う空気」から「GHQ様のご指示」に、管理的発想の根元を切り替えるだけで、簡単に転向できたことが納得できる。また、吉本隆明のように、自分の考えで軍国化した者は、転向者に対して手厳しく批判したのも理解できる。
 加えて、戦後の体制に於いて、一部の人間は、軍部やA級戦犯等の指導者を、厳しく追及する側に回っている。これは、追求する側に回れば、追求されない、と言う発想での行動が一つの要因である。また一部の人間は、ソ連や中国の共産党の洗脳工作等に対応し、旧体制批判を行った場合には、早く解放されるという条件をのんだ場合ある。このような場合も積極的に、旧体制を攻撃する人間が生まれ、これに追従する戦後の「空気」が生まれている。

 しかし、この戦後の図式は、オウム真理教の解体後の、ひかりの輪等の動きと、どこか重なるものを感じる。自分で考えたり、自分の体験で信仰を深めていなかったから、頭を挿げ替えれば、直ぐに転向するようになるではと思う。

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