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2015年10月 8日 (木)

一億総活躍社会に関して

 第3次安倍内閣の目玉は、『一億総活躍社会』となっている。この言葉で、戦前・戦中の「進め一億火の玉だ」と言う言葉を想い起す人は、だいぶ少なくなっているだろう。しかし、考えずに、進むと前と同じ失敗をする可能性がある。
 私が、指摘する危険性は、『一億』を一様に見る危険性である。つまり、前の戦争の時に言われていた評価で、「日本の兵士は優秀、指揮者は屑」と言う言葉がある。つまり、均一化教育の成果で、兵隊皆が文字を読め、考えるようになって、しかも一列で突撃する。この兵士を統率する、士官たちは、学校の成績だけで選ばれている。そこで、応用力の無い士官に率いられた兵士は犬死となる。更に、大きな単位を指揮する上級将校や将軍と参謀が、勢いだけで無理な作戦を実施し、多くの兵士を無駄死にさせてしまった。

 上記の問題点が、今回にも再現しないかが心配である。一億の人、全てが活躍すると言うのは、思想としては良いと思う。しかし問題になるのは、各人の状況をきちんと見た上での『活躍』である。一様な評価と言うことでは、これは実現できないと思う。例えば、工場のラインを廃止し、個人プレイを重視する『セル生産』を導入して、効率を上げた会社がある。しかし、そのような『セル生産』に対応できる、読図力のある、多能化できる人財は、少数である。このような少数精鋭での仕事は効率が良い。しかし、そこであふれた『一般的な人』は、どこで仕事をすればよいのだろう。

 このような人たちの『活躍』の場を考えること、これこそ本当の『一億総活躍社会』である。もう少し例をあげれば、『ピーターの法則』がある。これは、
 「人間は、自分の無能が証明されるまで、出世する。」
 つまり
 「組織の幹部には多くの無能者がいる。」
と言う経験則である。降格制度がなく、年功序列的に出世すると、どこかで能力限界に当たる。そこで降格できないから、『無能』の烙印を押されて、そこで干されていくことになる。このような人の活用も、総活躍には大切な項目である。但し、一部の官僚で言われているように、『天下り』や『関連会社への押しつけ』では、解決になっていない。

 さて、このような問題の解決は、今回の内閣でできるのだろうか。確かに、一つ光が見えている。今回の加藤大臣は、女性活躍も兼務している。これには、色々な意見もあるだろうが、多様化を真剣に考えることは、総活躍の重要な要素であり、良い結果を期待したい。

 なお、私の考えでは、この問題の答えには、「価値観の変革が重要」であると思う。単純数値的な評価だけでなく、感謝などの多面的な見方が必要である。このためには、国民的支持を受ける哲学的な論議も必要だと思う。日本の哲学者や、思想家で、これに答える人財はいないのだろうか。宗教家でもよいが、色々の立場で貢献することを、明らかにしていくことが重要だと思う。
 単純に「勝ち組と負け組」と言わせている、学校教育では、この問題の解決はできないと思う。 

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