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2015年10月31日 (土)

幾何学の学び方

 思うところがあって、論理的な思考法と言うことについて見直してみた。その結果、幾何学の学び方について、もう一度考え直した方がよいと解った。
 私が義務教育を受けた、50年ほど前の時代では、小中学校で定規とコンパスで図形を書くことも少しは行っていた。そこでは、三角形を書くこともあり、同じ辺の長さの三角形は、動かして重ねることができるのを、自分の手で経験していた。
 このような経験を踏まえて、中学では三角形の合同と言う概念を学び、いくつかの解っていることから、定理を証明すると言う作業を学んだ。ただし、高校に入ってからは、幾何学を別の形で学び、ユークリッドの公理系などを学ぶ機会を失ってしまった。
 当時は、ユークリッドの公理系に関して、色々と攻撃のあった時代である。但し、その議論の詳細を知らずに、『ユークリッド幾何学は教えるべきではない』と叫んでいた、教育者が多くいたように思う。
 さて、現在ゆっくりユークリッドの本と付き合ってみた。確かに、ピタゴラスの定理の証明も、三角形の相似関係を使えば直ぐにできるのに、回りくどい方法で行っている。このようなことを考えると、ユークリッドの体系は今一と言うのもわかる。しかしながら、自分の手を動かし、定規とコンパスで描きながら考えるなら、合同は直ぐにできても、相似に至るのは難しい。更に、当時は数値計算や代数学はまだしっかりしていなかった。そのため、面積と言う観点での議論しかできなかった。これを考えると、ややこしい図をつなぎ合わせるユークリッドの証明も、解らないことはない。
 このように考えてきたら、ユークリッドの幾何学は、学問として成長する過程を、よく示していると思う。当時の状況を思いやる、歴史的な観点での理解を導くには、幾何学と言う道具もあると思う。

 さて、余談であるが、数学の教育では、公理系からの導きは、高校レベルと言う先生が多い。しかし、ある実験では、中学生に公理体系からの証明を教えたら、評判が良かったという話もあった。
 私の経験では、中学時代に、どれを自明な前提とし、どれを導くべき結果とするか、色々と迷ったことがある。教師に「混同している」とバカにされたが、恣意的に前提事項を決められるのは困ったことだと思う。定規とコンパスと言う土台があれば、そこから証明するには公理はいらない。しかしそれがなく、全て机上で行うなら、公理・定義を厳密にして、そこから教えていくことは、早くやってもよいのではないかと思う。少なくとも、教師の恣意的な指導と生徒が感じるよりはましだと思う。

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