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2015年11月23日 (月)

第2次大戦時の日本軍の狂信状況(教科書思考のカルト化)

 昨日書いた、隠れ情報をもった「政治家」と言う話は、もう少し怖い副作用があるように思う。それは、「隠し情報の共有によるカルト化」である。一般人に秘密にしている情報を共有する、これはある種の特権意識を持つ一つの道具になる。
 この事例として、日露戦争後の日本軍のカルト集団化を考えてみた。
 どこで見たか、はっきりした記憶はないが、山本七平氏のある書物に、
 「陸軍内部では、『一般人が軍神と崇める乃木将軍を無能』と言っている。」
と言う一節があった。つまり、一般人にとって、軍神として崇拝すべき対象を、陸軍の幹部候補生たちは、『無能である』と言う、『隠れた真相』を共有することで、少数兵による奇襲を重視する『桶狭間信仰」を強化させたのである。
 そして、その経典の一つである、『機密日露戦史』を参考に書いたのが、司馬遼太郎の『坂の上の雲』である。
 司馬遼太郎・山本七平の両氏は、学徒からの見習士官と言うコースであったが、『軍神乃木無能論』と言う秘儀伝授で日本陸軍の精神論世界に取込まれかけている。但し、両氏とも実践の洗礼を受けて、第2次大戦自体では比較的現実的な見方になっている。
 ただ、私が思うに、日露戦争後の日本の指導者たちは、軍部も政府も、冷静に考えて行動していたと思う。旅順の乃木軍の攻め方は、正攻法であるが、あれだけの砲弾を使いまくる戦いに備えるには、日本の国力(=経済力)はあまりにも弱すぎた。従って、まともな装備でなくても、満足する軍隊の維持が最優先課題であった。そこで、中堅指導者である士官学校などに於いて、精神論と奇襲第一主義の教育を施す。軍備を要求する前に、訓練と指揮者の工夫を要求する。このような形で、戦勝軍の軍備を押さえると言う、難事業に成功した。
 そのように考えれば、東郷平八郎の『訓練至上主義』的発言も、本当に国の状況を考えた、見識ある発言と言うべきである。これを理解できない、井上成美の2等大将論は、当時の軍指導者の見識の低さを示している。

 しかし、本当の国の強さは、国民の理解の上にあるものと思う。現在の防衛大学は、社会学などをきちんと教えている。ヘイグの「理論構築の方法」も防衛大野仲郁次郎教授の訳であった。このような、現在の防衛省や防衛大学の見識に期待したい。

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