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2015年11月26日 (木)

アメリカと言う国をもう少し考えてみる

 アメリカでは、進化論の否定論者が、半数近くいると言う話を、ネット上でよく見る。これは、アメリカでは宗教が大きな力をもっている結果である。欧米のキリスト教文明下では、神の下で人間の行動と言う考えがある。そして、神の教えである、聖書の権威を絶対視する一派は当然ながら存在する。このように、聖書の内容に従う原理主義者は、進化論を受け入れる余地はない。
 しかしながら、アメリカと言う国は、科学の力、文明の力を信じる国でもある。キリスト教文明自体が、火薬の力で世界中に発言権を広げてきた。このように、基本にキリスト教の教えがあり、その上に科学的な力に依存する体制となっている。ここで、『進化論を理解する科学的階層』と『聖書の教えだけを信じる階層』の断絶が生じているのではないか?
 このように考えると、アメリカの軍事組織の、士官層とそれ以下の区別に1つの見通しができてくる。つまり、科学的知識を理解する指導層と、信じた者に従う兵隊層である。そして、科学的に人をコントロールしようとする動きは、NLP(神経論理プログラミング)などと言う形になっている。
 一方、我が国では、科学知識は皆が平等に知るような、学校教育システムができた。確かに、『ダーウイン的進化論』を心から信じていない人もいる。仏教でも、六道輪廻の教えもあり、これを信じている人もいる。しかし、進化論の教育も自然に受け入れている。
 この違いの一つは、日本文明の暗黙的な共有情報で、言葉に出せないものを受け入れる姿勢があると思う。アメリカのように、聖書と教科書の明文化した物の対決なら、どちらかに勝敗を決める必要が出てくる。日本の宗教に関する曖昧さが、このような進化論と宗教の併存を生んでいると思う。

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