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2015年11月15日 (日)

テイラーをもう一度見直す

 先日書いた、多様化に対応する管理職について、もう少し考えてみたい。
 http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-7099.html
 このような木目細かい管理を行うためには、仕事を知り、人間を知る管理が必要である。このような管理ができるのだろうか?
 これを考えた時、テイラーの「科学的管理法」に1つの答えが見えてきた。同書は、新しい訳で読みやすくなっている。
 さて、テイラーと言う人は、日本では「金儲け主義」「資本家の搾取の手先」「労働者を蔑視している」などのさんざんな評価を受けてきた。それに引き替え、ホーソン実験等を担いでいる、メイヨー達の方が「人間的」と評判が良い。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%B3%E5%AE%9F%E9%A8%93

 しかし、よく考えてみれば、ホーソン実験は、「作業者の自主性に任せる」と言う美名のもとに丸投げの作業実施である。そして、これを踏襲した『セル生産』に於いても、図面をきちんと読める作業者を選抜し、任せると言う形である。逆にテーラーの流れをくむ、フォードのベルトコンベア生産は、誰もが働ける工場を目指していた。
 どちらが、「多くの人を生かす」考えであるか、よく考えて欲しい。

 さて、ここで大切なことは、「科学的管理法」の読み方である。単なる情報入手と言うことで考えれば、この本は古臭いし、ある種の労働者搾取の手段を伝えているように見えるかもしれない。更に断片的にしか、読まなかったり、他人の読後感を見ただけで
  「牡牛のような男」
等と言う一節だけを取り出し、「非人間的」と非難する人がいるように思う。

 この本は、当時の状況でテイラーの考えたことを、きちんと彼の心に寄り添って理解してほしい。テーラーの立場は、現在で言えば「総合職」として、落下傘的に工場に来たと思えばよい。そこで、「総合職」の値打ちを出すにはどうしたらよいか、真剣に悩んだ上に、生産を科学的に改善すると言うことで、自分の存在価値を見出したのである。そして、しっかり現場の作業者の状況を見ている。このような人間理解の上で、科学的管理を打ち出したのである。

 このような読み方は、いわゆる「論理的な読み方」ではなく、「人の心に寄り添う読み方」である。私は、今まで国語教育に於いては、「論理的な読み方」を大切にと言ってきた。しかしながら、論理的な読み方は必要条件であり、その基礎力を活かして、大切な本に対しては、しっかりと著者の心に寄り添い、再体験するぐらいの覚悟で向かい合った欲しいものである。

 末筆ながら、科学的管理法の翻訳をされた有賀裕子氏に感謝の意を表したい。貴重な本を新たな観点で翻訳し出版することは、いま大切なことだと思う。

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