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2015年11月12日 (木)

内容ではなく人によるコミュニケーション

 先日の「杭打ち不正問題に関して補足]に対して、Inoue氏からコメントいただいた。
 私がこのブログで書きたかったことは、以下の図式である。
  日本社会の建前:「コミュニケーションはきちんと情報を確認する」
  日本社会の本音:「コミュニケーションは発言者を見て評価する」
言いかえれば、「何を言ったか」ではなく「誰が言ったか」を重視すると言う世界である。
 これが経営の世界でも起こっている。部下や下請け会社からの、
   「助けてくれ!」
と言う悲鳴に対して、
   「XXが言うなら本当に困っているのだろう」
と助ける場合、
   「XXはいつも大げさに言うから無視する」
と言う場合がある。更には、知らない人間の話には取り合わない。これが出ているように思う。

 ただし、Inoue氏の紹介してくれた
 http://d.hatena.ne.jp/halokouka/touch/20110920/p1
  http://blog.tatsuru.com/2011/09/16_1350.php
の記事では、情報評価力による、階層化の話が出ている。
 この話が、「人」を評価して、話を聞かない人たちに、微妙に絡んでいるので、少し議論しておきたい。つまり、学者世界の「情報評価能力」「議論手法」を身につけていない人間は、学者さまの発言に対して、異論を述べることが許されないと言う、情報格差の世界である。これを露骨に言うのは、K山氏などの一部の人であるが、多くの人はこのような経験があるだろう。
 ヘイトスピーチが良いとは思わないが、このような「学者さまの議論法」を知らない『愚民』と押さえつけられた人間が、不満を爆発させること、これをどのように評価するかは、もう少し考えるべきものがあると思う。

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コメント

http://togetter.com/li/235747
及び
"「東大話法」というのは東大出身者のみならず、日本の官公庁や企業体などで偉そうにしている人が使う話法です。東大という権威に寄りかかり、受験勉強で鍛えた高速事務処理能力で、なんだかよくわからないうちに自分の都合のいい方向に話をもっていこうとして、すぐ謝ったり公平さを装いながらも、じつはまったく誠意がない。これが「東大話法」の真骨頂です。

 そういう組織の中で威張っている人が、もちろんすべて東大出身というわけではありませんが、肩書きを有難がっているという意味では、最難関校である東大の信奉者であることは間違いありません。"
"日本の企業では、横領などの個人的な犯罪は厳しく処罰されますが、見込み違いの過剰投資や明らかにムダな新規事業など企業ぐるみで行った失策は、まず間違いなく責任の所在があやふやにされます。"みんなでやった失敗"ということにして、悪事を微分化することで、責任と罪悪感を分散するのです。"
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/33627#
"こうした悪事の微分化に手を染めている企業人が使いたがる「東大話法」が「弊社といたしましては」「我が社においては」です。当事者意識など微塵も感じさせずに、ひたすら傍観者ぶります。"
"---本書では、「立場三原則」という日本社会の隠れた規則を紹介されています。

 1.役を果たすためには、なんでもやらなくてはならない。2.立場を守るためには何をしてもいい。3.人の立場を侵害してはいけない。以上の3つです。「東大話法」の使い手たちは、間違いなくこの3原則に縛られています。"
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/33627?page=2
"
著者は、「立場主義」を次のように言う。「日本社会は、日本人から成っているのではなく、『立場』から構成されている、と私は考えています。日本ではまず立場がそこにあり、立場同士の相互関係があります。個々の日本人は、その人の置かれた立場の詰め物として機能しているにすぎません。立場が主役の社会なのです。それゆえ日本人は、自分の立場を失うことを極度に恐れます。『そんなことになったら、俺の立場はどうなるんだ!』という叫びは、日本社会のあちこちで日夜聞こえてきます。」"
http://www.alter-magazine.jp/index.php?%E3%80%8E%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%83%E3%82%AF%E2%80%94%E5%AE%89%E5%80%8D%E6%94%BF%E6%A8%A9%E3%81%AB%E3%81%BF%E3%82%8B%E8%BF%91%E4%BB%A3%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%80%8C%E7%AB%8B%E5%A0%B4%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E3%80%8D%E3%81%AE%E7%9F%9B%E7%9B%BE%E3%80%8F

情報格差が大きくなるほど、日本人は立場主義に捕らわれやすくなる一面も大いにあると思います。

Inoue様、何時もありがとうございます。
今回のブログは、ご指摘の『立場主義』を補うものとして、人間の密な関係があった、と言う風に理解できますね。
「立場を超えて、彼のために協力する。」
このような風と言うか仕組みを壊したのが、現在の風潮ではないでしょうか?
唯ネット社会には、別の側面がありますので、これはゆっくり考えてみます。

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