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2015年11月 4日 (水)

小保方晴子氏の博士号取り消しについて(続き)

 昨日の記事に関して、Inoue氏からコメントいただいた。ありがたいことである。
 さて、コメントの内容は、私が避けて通ろうとしたところを、しっかり指摘いただいた。つまり、学位のあるべき形と言う大局的な観点と、その審査と言う話がある。そして、早稲田大学の責任論と言う話もある。このような広く見て本質に突っ込むのが、このブログの主旨でなかったかと言われると、それは確かにそのとおりである。
 この件に関しては、私も少し邪念があった。自分もある時、博士号を取りたいと考えて、いろいろあったので、博士号審査を行う現体制とは、波風を立てたくないと言う気持ちがあった。
 しかし、昨日書いたことは、もう一つの本質的な問題につながっていると思う。
 私が言いたかったことは、本当に小保方晴子氏が学位にふさわしくないなら、当人が納得する根拠をきちんと説明できたか、という点である。確かに、記者会見などを見ても、事実と意見の分離などきちんとした論証ができているかは、危ないところがある。これをきちんと精査し、
  「貴方の論述にはこのような誤りがあります。」
と指摘し、
  「このような論理性に欠ける場合には、学位論文と認められません。」
と言う形で、本人を納得させる形で、止めを刺すべきではないかと思う。

 もっとも、ここまで来て、そのような論理性が無いと言うことは、早稲田大学・大学院は何を指導して来たのかと言う議論になる。論理的な、思考力などは、大学からの9年間で鍛えるべき事項である。そう考えるよやはり早稲田大学の責任は大きい。

 なお、私は小保方氏が実験で、何かを発見したとは思っている。しかし、その記述はあまりにも幼すぎた。それを育てるべき周囲の責任は大きいと思う。なおこれに関連して、STAP細胞の事件には、ES細胞に深く造詣のある、「罪に問うことができない=自供が取れない人」が主たる動きをしたと思っている。小保方氏は、それをの関与するには、余りにも子供ではないかと思う。

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コメント

早稲田大学の会見の質疑応答を見ると
管理運営的立場での考え
http://takedanet.com/archives/1013804007.html
もしくはきわめて官僚的なもの
http://29982998.blog.fc2.com/blog-entry-647.html
と見え、学問というのは真実を突き止めるためには責任を持って何でもやる、という態度
http://newsphere.jp/national/20140829-2/
が見えてこない部分もあろう
http://blog.livedoor.jp/pyridoxal_phosphate/archives/47000260.html
かと思います。一応、早稲田大学側は反論
http://www.itmedia.co.jp/news/spv/1511/04/news088.html
https://www.waseda.jp/top/information/34235
はしておりますが、
「文科省の理想とする教育組織で学んだ小保方さんが、なぜ研究者としての基本すら修得していなかったのか」
http://blog.livedoor.jp/pyridoxal_phosphate/archives/5556563.html?p=2
について、議論の余地、例えば、批判的思考や論理的思考よりも創造的思考をいい意味でも悪い意味でも伸ばして来てしまった結果かもしれないでしょうし。


今回の博士論文の問題とは関係ない部分もあるのですが、
最初は、フィクションから生まれた着想に科学者が迷わされ、間違った思い込みで行われてしまった研究
http://bylines.news.yahoo.co.jp/nishikawashinichi/20151102-00051047/
をどう修正していくかは、本人の能力もそうですが、過去や今後に、良き指導者やメンター
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/itaku/1357552.htm
にどう出会ってくるかでしょうし。

Inoue様、とても興味深い資料ありがとうございます。
この話、私の意見では、大学院でそこまでと言う面もあります。
また本文で書かせていただきます。

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