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2015年11月28日 (土)

実例と理論の関係

 前に、木下是雄著「レポートの組み立て方」について少し議論した。
 http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-0122.html
 そこで、私は
   「自分の主張にあった事実を集める」
と言う姿勢に関しては、研究者の姿勢としては不満を述べた。この問題について、もう少し議論してみたい。
 まず、この本の性格は、文系の学生に対する、学術文書入門と言う性格をもっている。一方、木下是雄氏は、文筆家としての実績があるが、本質は物理学者である。ここに1つの問題点がある。物理学の場合には、自然世界の姿は、『唯一の真理』を表す物であり、それを如何に理論的に記述するかが研究者の役割である。従って、しかるべき実験結果や、観測結果は、「真実を表す」と考えてよい。また逆に、自分の考えている理論の反対例が見つからないから、自分の理論を正しいと主張することもある。
 しかしながら、社会科学などでは、現実を理論の眼鏡を通して切り取っているので、多様な解釈が生まれるし、自分に都合の悪い事例もきちんと見なければならない。このような、反対事例に目を向け、その理由をきちんと考える。こうして、自分が提案する考え方の『限界』を弁えることが大切である。自分に都合の良いことを述べて、マックス・ヴェーバーが「職業としての学問」で書いた、
 「事実をして語らしめる」
と言う不誠実な姿勢をしてはならない。

 ここまでが、従来考えてきたことである。しかし、理論的にしっかりした議論を作り上げてきたならば、理論体系自体が、その検証を積んでいる。そのような場合には、一つの現実的な事例でも十分かもしれない。事実の観察から、何かを見出そうとするなら、理論に合う事例と合わない事例をきちんと調べる必要がある。このような研究姿勢の違いと言うものも考慮しないといけないと思う。
 やはりこのような研究姿勢を議論する、科学哲学がもう少し一般の理解を得るべきではないかと思う。

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