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2015年12月28日 (月)

和魂洋才を支えた日本の根本原理

 山本七平の「「空気」の研究:文春文庫」を読み直している。その中でも第3章の「日本的根本主義について」は、アメリカのカーター大統領の話など古い題材もあるが、現在の社会においても考えるべきことがあると思う。
 彼の指摘した問題点の一つは、戦前の日本では、「天王=現人神論」と「進化論」が、併存したという点が、アメリカ人にとっては、驚異的だったという事実である。これは、アメリカ人などの「神の絶対権威」というセンスからすると、聖書原理主義にいたる。そのような立場では、進化論は受け入れることができない。しかし、日本人は、「天皇陛下絶対」であっても、「サルから進化した人間」という話も受け入れる。
 このような姿勢に対し、山本は伊藤博文の「神政制と民主制」が西洋では不可分だが、そのうちの「合理性を分離」して持ち帰った事例や新井白石の西洋文明に対する対応を、標準的な日本の反応としている。
 さて、山本は

日本人は、情況を臨在感的に把握し、それによってその情況に逆に支配されることによって動き、これが起こる以前にその情況の到来を論理的体系的に論証してもそれでは動かないが、瞬間的に情況に対応できる点では天才的

と書いている。この理由を山本は、黙示文学よる拘束とみている。

 私は、山本のこの直観は当たっていると思う。そして、彼が、仏教をきちんと理解していれば、このような映像的な世界の情況に入り込むことが、日本人がすでに1000年に渡って行っていたと書いたであろう。
 法華経を読めば、一番最初にお釈迦様が、様々な教えを実行している世界の情況が説かれている。そのあとでも色々な詩的世界が展開している。それを説明するために、種々の比喩を用いるが、土台になる世界観としこに人々を導く力と、その教えを普及させた力には、大きなものがある。また真言などの密教でも、多くの絵・仏像などで人をその世界に導いている。
 さらにこれを踏まえた物語や,能などの演芸、これも全て、日本の神仏習合の共通感覚を育てたものである。
 このような共通感覚を土台として、コミュニケーションを行う習慣は1000年以上の歴史があり、明治以降の文明開化で、論理性重視といってもそう簡単に崩れるものではない。
 ただし、現在は一部の学校教育が力を持っていることも事実である。このようなると、論理性と情況対応の伝統との対立が生じている。今一度、山本七平の問題提起に戻って考えるべきではないかと思う。

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 昨年末に、日本の根本にある仏教の影響について書いた。 http://manab [続きを読む]

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