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2015年12月16日 (水)

教科書の力が大きくなりすぎた世界

 山本七平の本を読むと、1945年の敗戦時に、多くの転向が行われた状況がよくわかる。これは、田原総一朗も色々と言っているが、あの時の
 「教科書墨塗り」
という事態は、多くの心に刻まれている。
 そして、表立った現象としての教科書墨塗りであるが、その後ろには、
 「お国のために~~しろ」
と言っていた人間が、
 「平和バンザーイ、マッカーサー万歳」
と臆面もなく手のひら返しをしたことが伝わっていた。特に学校教師は、生徒に対し
 「お国のために死んで来い」
から
 「平和が大切」
などと転向した状況が明らかである。これを生徒や父兄も見ていた。
 したがって、戦後の世界を生き抜いた人間委は、教科書や学校教師の権威というものに対し、冷めた見方をしていた。前に一度墨塗りしたら、今度も転向するかもしれない。アメリカ万歳と言っているが、ソ連が勝つかもしれない。などのしらけた人種が多かった。
 そのような教育を受けた人間は、教科書の権威をある中和する現実性を身に着けていた。 さて、このような手のひら返し教師が、リタイヤしたのが1980年ぐらいであろう。この時期は、技術進歩でディジタル化し、電子などの世界では、教科書通りに作ったものがそのまま動く状況も出てきた。もう一つ付け加えれば、キャリア官僚などの多くは、学校教育での秀才であり、教科書世界への適合度が高い人間が多い。
 このような条件に、ソ連の崩壊ということで、政治的な対立軸すら弱くなってしまった。
 これらすべてが、現在の『教科書が強すぎる世界』を作ってしまったと思う。

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