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2016年1月 2日 (土)

使える学問とは

 昨年末から、ちくま学芸文庫の「ガロア理論入門:アルティン著」を読んでいる。この本を読んで思ったことだが、代数学の基礎からきちんと考えを積み上げて、一つの結果を得ることは、大切な経験である。このため、著者の示した道筋に従い、自分でそれを追体験していく。この問題は、定義や定理の意味を理解し、後の応用のための準備をしている、などの理解をしながら読むと、納得し理解が深まったように感じる。

 前に、社会学の関係で、ヴェーバーの著作を読むとき、結果を知るために読むのではなく、「ヴェーバーがこのような手法で考えた」ということを、理解しながら読むという話をした。これは、数学でも同じことだと思う。数学は色々な分野の基礎となる道具を提供することもある。そのためHowTo的な知識も使えることもある。しかし本当に大切なことは、厳密な思考法を積み上げる過程を知り、自分でも実行できるようになることではないかと思う。

 単に知識テストの合格を求めるのではなく、このような思考法を身に着けることを目標とするのが、本当の勉強ではないかと思う。数学を学ぶことで、厳密に定義された世界での思考法を学ぶ、一方で社会科学などを学ぶときは、広く現実世界を見ながら、自分の理解のために情報を取捨選択する。そして因果関係のモデルに仕立てていく。このようなプロセスを学ぶことが大切だと思う。


 しかし、もう一つ中間があるようにも思う。例えば、ヴェーバーの「信条倫理」(「心情倫理」)と「責任倫理」などは、きちんと使い方を学ぶべきだと思う。このように、結果をしっかり理解して、現実で応用することも大切である。単純に「信条倫理」という言葉だけ使って、政治家を攻撃するのではなく、なぜそのように考えるのか、きちんと説明できるぐらいまで理解しないといけないと思う。日本の教科書は、ラベルだけ教えていることも少なくない。そしてラベルを知っているかだけの試験で終わることが多い。このようなものでよいのだろうか?

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