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2016年1月14日 (木)

使える知識の鍛え方

 「知っていること「と「使えること」の違いは、このブログでも何回か書いてきた。しかし、昨日は、私にとって新しく感じることがあったので、一つ書いて起きたい。
 数学の勉強をしていると、色々な用語が、厳密な定義を経て、理論上で使われている。この定義をきちんと理解しないと、数学を理解したということにはならない。例えば、無限という言葉には、宇宙のかなたなどの直感的なイメージがある。しかしながら、数学で無限大を扱うには、集合論などのいろいろな道具が必要になる。その道具の上で展開する無限は、我々の思っているイメージとは異なっていることも少なくない。少なくとも、整数などの可算無限と、その上にある実数などの無限には大きな違いがある。
 しかし、実際に数学の体系を作るときには、どこかで直感的なものを参考にしながら、抽象化し、不要な部分を切り取って理論を精密化していく過程がある。そして数学などを学ぶときにも、具体的なものをイメージし、しかもそれを抽象化して、新しいものを記述するための道具にしていく能力が求められる。一つの結果をできるだけ広く使えるように一般化するためには、抽象化して前提条件を少なくすることが重要である。
 このような、直感的なものと厳密な世界のバランスのとり方が大切であるが、実際に具体的概念を抽象化する手法を、我々は学んでいただろうか。確かに群論を学ぶとき、これは有理数などの概念の一般化という言葉は聞いた。しかし、その中で四則計算の概念を抽象化してどこまで広げる。一方、ガロア理論などを学ぶとき、具体的な数で考えて一般化する。このようなスキルをどこで身に着けたのだろう。確かに問題演習にはそのような意味があったことは今ならわかる。
 このような、抽象的な表現にするメリット、必要性をしっかり理解し、具体的なものとの関係をきちんと理解し、実行できるスキルにすることが、使える知識とするために重要ではないかと思う。

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コメント

加算集合 ==> 可算集合
体形 ==> 体系(?)

Mitsuemon様、ご指摘ありがとうございました。修正いたしました。これからもよろしくお願いします。

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