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2016年1月19日 (火)

知識が豊かになったのはいつからだろう

 先日のNHK朝ドラ「あさが来た」を見ていて、学校の教材を見て感動するシーンがあった。考えてみれば、現在我々は教科書で学ぶことは当たり前と思っている。しかし、明治の前の時代では、このような教科書はなく、本というものは貴重なものであった。このような世界では、少ない知識に対して、自分で考える、経験することの比重が大きかった。
 しかし現在では、知識の情報量がはるかに増え、しかもネット化した現在では、情報入手がますます便利になってきている。そこで、自分で考えるより、知っている知識の方が多くなっている。この知識は、便利なものも多いが、使い方を間違えることでの失敗もある。知識の使い方は、個別対応の答えなら比較的簡単に教えることができる。しかし、一般的な状況で、どこまでその知識が使えるか、きちんと判断できる力をつけるためには、色々な訓練が必要である。
 さて、我が国の歴史を見てみても、江戸時代までの知識の量は、ある程度限られていた。そして知識を持つ人間は、自分の工夫や考えを持ったうえでその知識を使っていた。これが、明治維新以降の200年足らずの間に、知識付与の仕組みができた。さらに、ここ20年~30年ぐらいの間に、ネット社会になり、知識の量が膨大に増え、しかも教えてくれと言えば、何か答えが返る社会になってしまった。このように4000年から2000年の人類の文明史の間の、1割にも満たない時期が、知識過剰時代である。
 このように考えると、現在は変革の時代であり、知識の活用方法に関して、これからもっと開拓すべきものがあると思う。

 

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