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2016年2月28日 (日)

総合的な観点の必要性

 近頃色々な所で、総合的な観点から議論することの大切さを感じている。言い換えると、いかに現在の教育が、相互的なまとめ能力の付与をできていないかと言うことである。
 大きな問題では、政治家の問題である。民主党がダメなのは、一つには全体像を描くことにしっぱしているからである。それどころか他人要請も解っていないのではないか?現政権の揚げ足取りや、妨害しか考えていない。このような政党に政治を任せることができない。
 さて、ちょっと身近な例を考えてみよう。近所に、しっかりした師匠についたシェフのいるレストランと称したものがある。そこにちょっと贅沢する気分で行ってみた。確かに料理はおいしかった。しかし店は狭い感じであり、しかもケーキ屋と併設で、レジが一つしかない。食事が終わった後の支払いは、ケーキを買うぐずぐずした客の後ろで待たされる。せっかくの贅沢気分がこれで壊れてしまった。
 良い料理を出せば客が来るかもしれないが、総合的なサービスのない店は、やはりおかしくなると思う。これも総合的な観点ができていない話である。
 もっと言えば、学校教育に関しても、謎これを学ぶのか、全体的な流れの中で位置づけができているのだろうか。教師自身にも位置づけが理解できていないように思う。学校教育で教えるのは、時間や予算の制約があり、ちっぽけな部分になることが多い。しかしそれが拡張できる大きなものを含んでいる、大事な基礎が入っている。このような気持ちで教えるでは、大きな違いがあると思う。
 総合的な観点があるから正しい評価ができ、拡張できるのだと思う。

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