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2016年2月18日 (木)

歴史から学ぶために(戦後の一場面に関する考察)

 歴史から学ぶということで、少し近い時代だが、私が経験した、第2次大戦後の日本の状況で、書き残しておきたいことがある。
 戦後の一時期、学校の先生たちが
  「我々は教育労働者である」
と主張していたことがあった。しかし実態は、戦前の教育勅語の時代のように、教師の絶対的権力を生徒に対してふるっていた。一般企業の労働者としては、威張りまわす教師が労働者と言うことには、違和感を覚えていた。
 この件に関して、先日ある元教師とその娘の会話から、一つの答えが出てきた。

「お母さんは、教師として、昨日までは生徒に『お国のための死んで来い』と教えていて、マッカーサーが来たら、『平和が大事だ』ということに抵抗や反省はなかったの?」
「そんなのない、私たちは上から言われた通りいうのが仕事だから、責任はない。」

このように、「教育労働者」は、戦争関与の責任はない。これが、彼(彼女)らにとって、耳障りが良かったのだと思う。
 戦後の学校教師に、マルクス主義かぶれが多くなった一つの理由ではないかと思う。

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