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2016年3月14日 (月)

地獄はどこにあるのか?

 地獄について、少し考えてみた。特に天台魔訶止観の、一念三千について少し考えると、以下のような疑問がわいてきた。 

  • 地獄は、どこか客観的な世界としてあるのだろうか?それとも人間の心が作り出したものだろうか?
  • 人間の心が作り出したものなら、それは独立した世界なのだろうか?それとも、今我々が見る世界の中にも重なり合って存在するものだろうか?
  • 地獄の風景、これが重要なのだろうか、それとも鬼たちの行動の問題だろうか?

この発想は、キリスト教などの影響を受けた、西洋文面からは出てこないように思う。一神教の地獄は、神の裁きを受けた後に落とされる世界であり、独立して存在する世界である。私も、仏教の影響を受けているといっても、一念三千に触れることもなかったので、このような外の世界としての地獄しか考えつかなかった。
 しかし、自分の心の中に、地獄があるという考えは、考えてみる価値があると思う。当然地獄だけでなく、いろいろな世界が包含され仏の世界までが、一つの心に中に入っているのが、一念三千である。
 このような多様な見方ができれば、他人に対する追求や、排他的な行動も少しは変わってくるのではないかと思う。

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