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2016年4月10日 (日)

なぜ感性が鈍くなったか

 昨日書いた、「トイレをつまらせろ」は、現状の不具合に対する感性の鈍さが、原因であった。さて、このような鈍さの原因はどこにあるのだろう。
 この問いに答える前に、もう一歩問題について議論しておこう。不具合の識別ができないことは、2つの側面がある。一つは、その事象が発生しているところに、目が向いていない。観ようとしていないということである。もう一つは、その事象が不具合であるということが、分かっていないということである。この両面について、今回は議論してみたい。
 結論を先に言うと、このような状態認識と判断力の低下は、学校教育への過剰適応によるというのが、私の意見である。まず教科書の世界だけで納得してしまうので、現実の多様性複雑性に対して、自分の目で見ることができなくなっている。そして、学校教師の正解に合わせて答えるようにしつけられているので、自分の判断基準を持ってはいけないことになっている。
 そして、現在は、ネット情報などがあふれていて、いろいろな意見などが手に入る状況である。その中で、自分に都合のよい『正解』を手に入れれば、それで満足してしまう。このように学校教育に過剰適応し、正解を求める習性が身についている人間が、自分の思った『正解』を、検索したら手に入る状況になっている。これが現在の問題点ではないかと思う。
 教科書世界からネット世界、どちらも現実の複雑さを切り取った世界である。教科書は抽象化して細部が見えない、ネット上では断片的な経験が幅を利かす。このような、情報をまとめる能力が、学者・政治家に必要と思うのだが、そのためには、情報の取捨選択を行うための、自分の判断基準の確立が重要である。しかし、自分の判断基準を持つことは、学校教師に逆らうことにもつながり、教育の過程でかなり抑圧されたことであり、その方法論も身に着ける機会が少ない。
 私の考えでは、もっと歴史を学びながら、なぜそのようなことが起こったにか、現在とはどこが違うのか、きちんと考えることが、このような能力育成に役立つと思う。

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