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2016年5月 7日 (土)

日本の哲学と欧米の哲学の違いについて

 先ほど書いた、学校知識の実務での活かし方について、考えてみた。これは、まさしく科学哲学の範囲ではないかと思う。
 しかし、日本の哲学の先生なら、もっと難しいことを言って、このような実務に近い下賤な話は取り合ってくれないだろう。しかし、アメリカなら、ワインバーグなども哲学の籍を持っていたはずだから、少しは教えてくれるような気がする。
 この違いは何だろう。一つは、欧米の世界観と日本の世界観の違いである。
 欧米の場合には、キリスト教的発想で、完全なものが存在する神の世界は、人間の到達できない世界である。従って、人間は少しの断片を求めて努力する。これが哲学者の立場でもある。
一方、日本の思想には、禅などの仏教の影響がある。特に、明確になってはいないが、天台の止観業の影響は大きい。この教えでは、円頓章が示しているように、全体をそのまま把握することを教えている。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%86%E9%A0%93%E7%AB%A0
 これは、見方を変えれば、
  「完全なものを提示できなければ黙っている」
という姿勢につながってくる。
 もう一つは、西田哲学の関係者が、戦後の戦争協力者追及で、大学を追われた歴史もあるのかもしれない。
 しかし、変革の時代には、根本的なものから考え直す、哲学の役割もあると思う。

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