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2016年5月17日 (火)

自分の考えに責任を持つということについて(続き)

 昨日は、山本七平流の観点から、日本の手のひら返し構造について議論した。しかし、もう少し歴史の観点で考えてみよう。
 中国的な発想では、大人・君子という、学識のある者だけが、政治に責任を持つ。このための科挙の制度がある。ここで、もう少し踏み込むと、印刷などが普及していない昔の状況では、学問的知識に触れること自体が稀であった。そのような知識に触れるものは、徹底して突き詰め考えるから、その知識を使いこなすことができた。
 こうした知識層と、そうでない庶民層の間のギャップは大きく、政治の責任は、そのような知識層だけが持つという議論は、ある程度の説得力はあると思う。
 そして、日本の制度は、学校教育の普及で、知識の大衆化を進めた。これは自分で知識を評価することなく、たんなる言葉だけを使う層の出現にもつながっている。
 こう考えると
  「神国日本」

  「平和日本」
に挿げ替えるだけで、戦後の手のひら返しが完了する。
 知識な大衆化に伴う、無責任化という図式が、一つ見えてきた。
 しかし、日本には、江戸時代から知識の普及は行われてきた。この問題は、一つは継受法ということで、中華文明や西洋文明を受け入れてきた伝統に、影響を受けたものだと思う。
 もう一津は、鎌倉時代に武士が政権を作り、貴族文化を棚上げした。当時の武士は、農民と境があいまいであり、貴族でない層である。このような大衆層に権力が移り、学問が伝わったことも、学問の大衆化が進んだ要因だと思う。
 日本の空気暴走に関して、この学問大衆化との関連を考えるのも、一つの切り口だと思う。

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