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2016年6月25日 (土)

目を閉じるだけでは済まない

 日本学術会議が、軍事関連研究と科学の関係を議論し方針をまとめるらしい。
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160624-00000175-jij-soci
 この話には、色々な側面がある。まず現在の科学技術の進歩は、軍事技術の進歩と密接な関係があることを、直視しないといけない。日本の教育はこの点に関して、目をつぶりすぎているように思う。なお、科学技術という言い方では、自然科学ばかりを向いているように見えるかもしれない。しかし、経営学に関して、色々と学んでいくと、軍隊組織についての知識がないと、理解できないことが出てくる。ヘイグの「理論構築の方法」の翻訳が出たとき、翻訳者の一人は、防衛大学の教授であった。また、心理学等に関しても、NLPなどの軍事的な由来を持つ技術を、それを知らずに使っている例もある。
 このような、軍事関連研究に対する、学会の拒絶の一面には、明治維新以降の富国強兵政策への、官学一体の取り組みから、第2次大戦時の戦争協力への反省という面があると思う。この件に関しては、現代思想2007/11マックス・ウェーバー特集のp149~p156に、一人の学者の、戦争協力状況と戦後の隠ぺいについて厳しく書いてある。
 このように、文系の学者も戦意高揚などで、戦争協力という行動に駆られた者がいた、そして戦後はそれを隠ぺいした。このような人たちも含めて作ったのが、
 「軍事的な研究と大学は別」
という姿勢である。
 しかし、このような「臭い物に蓋」という逃げの姿勢で、本当に良いのだろうか。技術的な議論でいえば、ロボットが軍事的に使われるから研究しない。こういっていると、原発の事故調査用のロボットすら、アメリカなどから借りないといけない羽目になる。(この件に関しては、原発安全神話という、別の面での蓋があったが)ただし、日本の技術レベルはかなり高度なものがあり、例えば魚群探知機などは、北朝鮮の潜水艦探知機と、どちらが高性能かわからないレベルである。
 このように考えると、技術の研究はきちんと行い、使い方をきちんと制御する。これが必要だと思う。 
 特に、心理的な側面や、組織に関する側面の研究では、軍事面や犯罪者の心理などの、暗黒面にも、学問としてきちんと向き合う必要があるのではないかと思う。
http://toyokeizai.net/articles/-/123487
 このような貧窮問題などにもあるが、現在の世の中には、色々な人たちがいる。その人たちから目を背けるのではなく、少しでも解決ができないか考えるのも、一つの学問の役割ではないかと思う。

 例えば、日本には、多くの死刑囚がいる。アメリカなどでは、先般の事件でもテロリストは射殺してしまった。これは状況を考えれば仕方ないことではある。しかし、日本には、色々な死刑囚がいる。彼らの脳のMRIをとっておく、これだけでも色々な情報が得ることができるのではないかと思う。また、オウム真理教事件などは、現在のカルト集団事件の先駆けとして、もう一度現在の目で検証し、解明すべきものがあると思う。特に死刑囚の心の闇まで踏み込んで、解明すべきものがあると思う。

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