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2016年6月11日 (土)

学問的な知識における「進化論的発想」について

 社会科学などの文系の学問は、会社生活で生かせることがあるはずなのに、上手く生かせていないことが多いように思う。この理由を考えると、理論と現実のミスマッチが大きく影響しているように思う。この理由を考えてみた。言い換えると、工学と物理学などの自然科学の関係のようなものが、文系の分野で成立しないのはなぜだろう。
 この理由の一つとして、物理学の分野では、一応進化ということで進んでいる。アリストテレスの自然観は、ガリレオたちに否定されたが、ニュートンの力学は、それを精密化する形で、相対性理論や量子論の世界に進んでいる。これは、一応進化していると見えるだろう。しかし、社会科学などの文系分野で、このような進化論的発想は、成立するのだろうか?
 マルクス主義には、このような進化論的発想があった。しかし、少なくとも共産主義国家の多くの破綻を見ても、進化しているとは言うべきではなかったと思う。そして、西洋文面の侵略的行動には、自分たちが「進化している」という思い上りがあった。
 しかし、経済学の論争などを見ても、色々な意見が乱立し、後から出たものは、前にある何かの欠陥を修正したと主張するが、それが本当に良いか行けとは言い切れないものがある。
 もう少し言えば、現実の多様性に対応して、理論も多様である。例えば、組織の管理や活性化に関しても、構成員の力量、要求機能の時間余裕などを考えると、色々な形態を認め状況により使い分けるということが、現実的に役に立つ回答だと思う。
 自然科学系の「進化論的発想」を捨てることから、文系学問の実用化は進むのではないかと思う。

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