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2016年6月 5日 (日)

日本の平和ボケ教育結果

 東京のアイドル傷害事件について、少し考えてみた。この件に関しては、警察の対応にまずいことがあったのは間違いない。しかし、被害者側にも、もう少し
   「自分の身は自分で守る」
という考えがあってもよかったのではないかと思う。
 これがアメリカなら、護身用のピストルを持てという話になるかもしれない。銃を持つのは極端だが、警備の人の配置や、怪しい人を前もって見ておく。逃げ場を考えておく。いざというときに投げ詰める者の準備、などの護身の配慮には、硬軟色々なものがある。
 さて、この話について、もう少し深く考えてみた。現在のわが国の状況は、徳川綱吉の政治の「生類憐みの令」の時代に似ていると思う。綱吉の、政治にはいろいろな見方があるが、一つの解釈は、戦国時代から続く、「殺伐たる風潮」をやめさせるために、仏教を用いて「殺生禁断」を、推し進めたものである。この効果は大きく、刀を携行している武士でさえ、めったに抜けなくなってしまう。そして幕末には、ペリーの4隻の黒船にも対抗できない、状況になる。これは、桜田門外の変で、武装集団である大名行列が、わずか十数名に襲われて、主君を殺されるという事態ににまで続く。その後は反動として、維新の殺伐たる空気に包まれていく。
 このように明治以降の、軍事優位の国は、日清日露の勝利により、ますます固まっていく。ここでは、国民皆に武士道が教育されるという状況になる。本来、武士道というものは、ある程度責任を持つ、君子の学ぶべきものであり、一般人にまでそれを押し付けることがいろいろな無理を生じていた。この無理が極まったのが、戦陣訓であり、残虐な日本軍というイメージが、諸外国に残ってしまった。
 そして、戦後の体制はこの反動であり、「平和」と唱えれば、世の中がうまくいくという、宗教的な平和主義が力を持っている。そこでの教育では、身を守るという基本的なことも、教わることは少ない。しかも反撃については、まず教えていない。ましてや、訓練などはされていない。
 しかし、今回の事件でもわかるように、精神的な問題を持つ人間の凶暴な行動の可能性は、常に存在する。
 このための最低限の護身の智慧は、教えるべきではないかと思う。特に、身を守るためには、相手を傷つけることも躊躇してはいけない。今回の犯人のような常軌を逸した人間は、確実に体を破壊し戦闘力を奪わない限り、危険性はなくならない。このような知識も必要だと思う。

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