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2016年6月 6日 (月)

日本社会の特異性に関して検討

 昨日書いた、話にもう少し補足しておく。昨日は、日本人の手のひら返し体質に関して、学校的社会への過剰適応、特に根本理由を考えず、教師の指導を丸呑みするような、育成結果が、敗戦時の日本で見るような、「手のひら返し」発生源であると説明した。
 http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/post-2554.html
 この件に関しては、マッカーサーの言う、
  「日本人は子供だから責任を問えない」
という論点ときちんと整合している。ただし交流分析でいえば、子供でも、AC(従順な子供)であり、FC(自由な発想の子供)ではないことに注意しておく。

 さて、昨日の議論で少し出た、村社会と都市社会について、少し議論しておきたい。
 私がここでいう「村型社会」は、職住一体型の農村社会を典型として考えている。近所の人間付き合いはかなり濃厚であり、皆と一緒ということを、暗黙的に認めている。文章化した規則などよりは、長老の意見や前例が優先する。
 一方、「都市型社会」は、現在の会社とベッドタウンでの生活を典型としている。会社には決められた時間に出社し、決められた時間に退社する。明文化した規則に従って働いている。一方、家での生活に関しては、近所付き合いはあっても、村社会よりは希薄である。ある程度個人の独立性を重視する。自治会などがあっても、明文化した規約があり、その範囲に縛られることも多い。

 ここで、学校社会を考えてみよう。学校では、決められた時間に登校し、決められた時間い下校する。そして学校には校則があり、それに皆が従う。これだけ見れば、上記でいえば、「都市型社会」である。しかし、実態は、教師という年長者に従い、皆が同一行動をとるという、「村型社会」になっている。さて、ここでもう一つ大切なことは、「都市型社会」では、成熟した市民の支えが必要ということである。交流分析でいえばA(成人)の存在である。これは、社会の規律を理解し、それに対してきちんと意見の言える人間である。
 しかしながら、日本の学校社会においては、教師の指示にした学生を作っても、根本的に考え抜いて、自分の意見を持つような学生を育てることは弱いと思う。もう少し言うと、大学院ですら、研究課題は指導教官が与えるものであり、その範囲内での新規性を競うものである。そして、指導教官が変われば、研究方向すら変化する可能性がある。高校以下の教育はもっと「型への押し込め」が中心である。

 このように根本を考えないで、結果だけを見るやり方は、日本の文化受容の形態にも沿っている。中華文明の律令制度をまね、西洋文明の法制度をまねたわが国では、自発的な法規制を作る文化がなく、そのための思考や議論の力は育成できていない。従って、どこかの権威が出てくれば、そちらに流れてしまう、国民性になってしまった。しかも潜在的にある、「村社会」の横並び、均一性が、『空気』による支配を強化している。
 これが、「手のひら返し」の一つの原因ではないかと思う。

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