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2016年7月17日 (日)

山本七平の見直し(続き3)

山本七平は、難解なラベル付で、議論を分かりにくくする欠点もある。今回は、「殉教者自己同定による、自己または特定集団の絶対化」と「社会問題の自己同定化による内心の解決」である。p132~p140
 「内心の解決」とは、合理主義と儒教主義などの矛盾に対して、自分の心の中の問題としてとらえ、解決していくことであり。「殉教者自己同定」は、殉教者を賛美することで、距離を置く解決とすることである。後者は、『知識人党』としての記述もある。『知識人党』は、モラルという武器で武装している。モラルは、それ自体が批判なので、批判の対象にはならない。

なお、シェフェール氏は、これら「知識人党」による「知的テロリズム」をも論じている。
「テロリズムとは何か、自らの理念を、信仰を、他人に押し付け、自らの行動を周辺の人に押し付けるところの物理的、知的手段を一切ひっくるめたもの」

これはp138からの引用である。この問題は現在にもまだ生き残っている。以下もう少しし、『知識人党』の危険性に関して、山本七平の議論を追いかけてみたい。

 山本七平は、このような「殉教者自己同定による絶対権の獲得」に三つの前提を挙げている。

  1. 殉教者の存在
  2. 被害者という自己規定
  3. 『見えざる牢獄』論ーその獄卒=加害者への責任追及

この3条件が、昭和初期の右翼・青年将校がすべて持っていた、という指摘は鋭いものがある。特に、2項の「軍部の被害者意識」は、現在では、信じがたいものがあるだろうが、従軍体験がある山本七平ならでは議論である。
 つめり、昭和の陸軍は、政府の軍縮政策により、予算切りつめで、四個師団廃止や兵器武器不足という、被害を受けていた。ソ連とのノモンハン事件でも、

「少ない軍備で何とか戦った。(日露戦争のように)武器弾薬が豊富にあれば、負けなかったのに!」   (カッコ内は私が補足)

という、内心の声が陸軍内部にあったという指摘は、正しいものだと思う。そして、このような状況は、

腐敗政治家が、見えざる牢獄に「天皇」を閉じ込めており、(殉教者である)幕末の維新志士のように、自分たちが「天皇」と「国民」を解放しないといけない。

と言うのが、2.26事件をはじめとする、昭和の軍部過激思想であった。これに対して、昭和天皇は、立憲君主主義の理念をきちんと体得されて、議会と内閣を尊重する行動を守っていた。例外は、2.26事件の内閣の主要閣僚の生死不明時において、近衛師団に対する鎮圧命令と、終戦の閣議の意見が同数時の「ご聖断」だけである。この部分をきちんと論じて、昭和天皇の戦争責任なしについて、論じた点でも山本七平の議論は重要である。

 さて、このような「知識人党」的な、思考方法は、自分が勝手に思い込んだ
   「理想の姿」
が実現できない理由を他に求め、その実現に対して、
   「手段を選ばない」
または、
   「合法的手段なら何でもする。他人の痛みなどは考えない。」
行動に走ることがある。
 神頼みで、特に
   「呪い殺し」
等の行動も、これに含まれることがある。
 特に、このような「知識人党」が、単なる「知識だけの人」でなく、実行力を伴ったときに、大きな被害が生じる。対米戦争において、初期の日本軍は、優位に戦争を進めていた。このような、中途半端な力が、大きな被害を引き起こすのである。

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