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2016年7月31日 (日)

他人の良いところを認めるためには多様な価値観が必要

 今回の相模原市の事件に関して、犯人の思考を追ってみると、
   「単一的価値観による行動」
という感じがする。自分が決めた、「正義」だけが全てという人種である。私が見るところ、悲しいことに、このような人種は、現在の日本には少なくないように思う。他人の意見を認めず、一方的に糾弾する。また逆に、自分の一つの失敗や、欠点を指摘されただけで、「全人格を否定された」と感じてしまう。このような、人達は少なくない。
 さて、このような人種は、なぜ生まれたのだろうか?私の考えでは、現在の学校生活に対する過剰適応が、一つの原因であると思う。学校の教科書通りの行動をすることが、善いことである。教師の指導に従うことが正しい。これだけの価値観で生きている。その中には、「勉強しなさい」という価値観もある。これに過剰適応したら、勉強できない人間を、否定するような人種が生まれるのも、一つの結果ではないかと思う。
 この対策としては、せめて中学高校ぐらいからは、多様な価値観があることを、教えることも大切ではないかと思う。例えば、歴史の授業において、その当時の状況はどのようなものであったか、もう少し具体的に教える。そして、現在の考え方では、おかしいと思うことでも、当時としては仕方なかった、という風にその状況での理解をさせることも、一つの方法ではないかと思う。
 一例をあげれば、江戸幕府が諸外国と結んだ、不平等条約の話がある。このうち、治外法権の話などは、当時の日本の「斬首刑」や「大名行列を横切れば切り捨て御免」という乱暴な状況を見て、そのような国の法律を受け入れることができないと、諸外国が考えたことを教えることも大切だと思う、
 このように、相手の立場を尊重することを教える。これが重要ではないかと思う。
 そこで今の日本国憲法の前文の一説が気になる。

われらは、いづれの国家も、自国のことにのみ専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、各国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信じる。

このような道徳の普遍性を信じ、他国にまで押し付ける考えは、いかがなものかと思う。この部分を削除する改正はないものかと思う。

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