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2016年7月 8日 (金)

教科書通りにならないときの対応

 政治などにおいて、大きく分けると保守と革新の2つの姿勢がある。ここで言う保守というものは、現状をあるままに認め、その中の不満、不具合を改善していくという姿勢である。一方、革新というものは、現状にこだわらず、ある種の理想像を描いて、そこに向かっていく姿勢である。
 さて、ここで「革新」というものの中には、ある教科書があり、その理想に向かって、世界を変えようとする動きがある。一つの典型例は、マルクス・エンゲルスの思想である。さて、このような教科書は、現実を抽象化した、物理学でいう「理想気体」のような世界で記述されていることが多い。従って、実行する時には、色々と障害が生じる。
 このように、教科書通りにならないときに、大きく分けて二つの対応がある。一つは、「子供」の対応であり、上手くいかない理由を他人のせいにする。もう一つは、「親」の立場で、自分が全体の責任があると考えて、反省しながら、教科書と現実の対応を探る。なお、保守の場合には、現状がまず優先であるので、一つ一つの不具合には、個別に対応することになる。このとき、ここの意見を持っている、「成人」の間で交渉し、妥協点を探る手法がよく行われる。
 このように考えると、政治における姿勢として、言葉に出すか出さないかの違いはあっても、反省しない政治家、自分の失敗を他人のせいにする政治家は危険であり、そのような人に政治を任せるわけにはいかない。民進党の色々な政策失敗に対して、きちんとした反省がないことは、この一つの例である。また社民党の公式HPには、「北朝鮮は理想の国、拉致などしない」という趣旨の記載があったが、何ら反省もなく消えている。
 もう一つ、このような「子供」の理想主義には、その実現のために、神頼みや暴力だよりに走る可能性がある。自分が正しいと信じるものが、実現できないのは、どこかに悪いものがいて、邪魔をするからである。これを、神様にお願いして排除してもらう。または、実力行使をしても認めさせる。このような危険性もある。
 このような「子供」の危険性をきちんと認識しないといけない。

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