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2016年7月 7日 (木)

数学的に考えることは万能ではない

 近頃、ニクラス・ルーマンの「システム理論」に興味をもって、学んでいる。会社の組織などを考えていると、「本来不安定」という観点で、どのようにして安定なものとなるのかを考えていて、ルーマンのオートポイエーシスの発想に行きついた。
 しかし、ルーマンの本は難しく、読むのに苦労している。そして、その途中に、昔読んだが理解できていなかった、スペンサー=ブラウンの「形式の法則」に再会した。そして、これを応用した、大澤の「行為の代数学」も見直してみた。
 ここまで読んで、ルーマンの著書はまだ読み切れていないが、納得するものは多い。しかし、大澤などの、社会学を数学でというやり方には、何か反発を覚える。確かに、山内得立のテトラレンマを、スペンサー=ブラウンの「虚数を用いた論理式」で表現することは、可能かもしれない。つまり、Aであり~Aであるという状況を振動としてとらえる。これは、一つの表現法としては、あるのかもしれない。
 しかし、何かこのようの形式的表現では、落ちていくものがあるように思う。ルーマンの文章は、難解であり、読み切れたとは言えないが、何か感じるものがある。数学的な思考は、厳密でよいかもしれないが、それから落ちたものにも気を配っていきたい。

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