ご縁のあった人たち

無料ブログはココログ

« 建前と本音を一致させる努力 | トップページ | 和歌山の立てこもり事件から思うこと »

2016年8月31日 (水)

発注する立場はどこまで考えているのか

 前の記事の「入札の問題」に関して、もう少しモノづくりの立場で、突っ込んで考えてみたい。藤本は、「日本のもの造り哲学」で、モジュラーとインテグラルという2つの方向付けを行った。モジュラーというのは、標準的なモノであり、
   「誰でもできる」
という発想である。この方式なら、競合入札という発想と整合性が良い。

 一方、インテグラルは、個々の部分を擦りあわせることで、最適な能力発揮を行う。従って、お互いのことを知る必要があり、さらに技術技能の蓄積が必要である。この場合、本質的に一般的な入札には適応しがたいものがある。トヨタが系列を重視し育てたのは、このようなインテグラル設計に合致した体制構築だったと思う。

 ここでもう一つ言えば、モジュラー的発想には、大人同士の付き合いという感じ、一回限りの付き合いという感じで、仕事を通じて育てるという発想は少ない。一方、インテグラルの場合には、密な関係ということで、発注先を今後とも育てていくという発想もあることが多い。

 さて、官庁の仕事を発注する時には、このような育成的要素を考慮すべきであろうか?私は、これも十分大事な仕事だと思う。国力の向上ということからも、国内企業の力をつけることも重要である。その企業が、国民のためのサービス向上に役立つ。このような良いサイクルを回すことが大切だと思う。

 小泉行革、竹中平蔵的改革には、このような視点が抜けていたのではないかと思う。

« 建前と本音を一致させる努力 | トップページ | 和歌山の立てこもり事件から思うこと »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 発注する立場はどこまで考えているのか:

« 建前と本音を一致させる努力 | トップページ | 和歌山の立てこもり事件から思うこと »