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2016年8月 6日 (土)

法律に関する勉強について

 仕事の上で、学校で学んだことを生かすということは大切である。しかし、これがうまくできていない、というのが現状ではないかと思う。特に、理系の分野では、基礎知識として仕事の上で生かせるものが多く、学生時代に習得できないと困ることが多い。
 一方、文系の学問では、その必要性が、あまり認識されていないように思う。しかしながら、私の会社生活の経験でも、法律の考え方などは、きちんと身についているのと、いないのとでは、大きく異なっているように思う。一般原則から、具体的な諸規則まで、階層的に展開する、体系の理解、これを示す、三角形のシンボルの意味、これを知っているだけでも大きな違いがある。
さらに、三段論法をきちんと使いこなす、このスキルは重要であるが、身についていない人も多い。
 さて、ここまでは、法律を使う立場での議論である。しかし、会社生活では、色々な規則を改正したり、自分で作ることも必要になることがある。
 そのための訓練が、大学の法学部を卒業した学生でも、本当にできているのか、疑問に思うことがある。確かに、会社生活で、規則を作るといっても、多くの場合には、どこかにある雛形をもってきて、それを適度の自部門に合わせることが多い。しそて、なぜこのような規則を作っているかと聞かれると、本音としては
  「監査の時に見せるため」
という答えが返ってくることが多い。
 これは、他所の模範で作る「継受法」ではよくあることである。日本という国自身が、中国との付き合いで、
  「律令をきちんとしないと馬鹿にされる」
で作ったのが、大宝律令などである。歴史は繰り返し、明治維新のあとでは、西洋諸国に馬鹿にされないように、憲法を制定し、近代的な法システムを整備した。これらは、他所の模範に合わせた継受法の考えである、
 そして、現在の多くの会社は、ISO-XXシステムの認証などを受けるため、規則の整備を行っている。この場合も、多くは雛形をもらってきて、それを自分なりに合わせる継受法の形である。
 このように考えると、自分たちの必要に迫られて作る「固有法」的な発想は、なかなか生まれないと思う。アメリカなどでは、高校ぐらいから、スポーツの授業では、状況に応じて自分たちでルールを作るような試みもしている。このような訓練の有無が、欧米諸国との規格戦争に負ける、一つの要因ではないかと思う。
 特に、法律などを作るときには、従来からの時間軸での整合性、周辺領域との整合性とトレードオフ、そして上位規則の範囲を超えないという縛り、これをきちんと守る必要がある。このような事まで身に着けて、本当に
   「法律について学んだ」
と言えるのだろう。

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