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2016年9月 4日 (日)

日本的経営について(成立したのは特別な状況)

 いわゆる「日本的経営」というものについて、これが成立するのは、戦後日本という、特別な環境だったからということに気が付いた。日本という国は、明治維新の後は、富国強兵ということで、学校制度と徴兵制度を充実させた。これは、指示に従って横並びで突進させる、兵隊を作るには優れた方法であった。
 そして敗戦後も、最貧国の状況から、経済大国に一直線の成長を成し遂げた。これは、まずアメリカという経済大国の庇護と指導があった。もう少し言えば、模範になるアメリカ経済があり、製品開発の方向も、「アメリカ的な豊かな生活」ということで、単一価値観で頑張る人間が多く存在したらよい。裏返しでは、管理者の能力に依存するより、皆の一体化の頑張りによる部分が大きく影響していた。
 しかも、米ソ対決という状況で、日本を自由主義国家の最前線と位置付けた、アメリカ政策は日本に対して、かなり優しいものであった。その恩恵を十分に引き出した結果実現したのが、通産省や建設省などの官僚と経済化が一体になった、経済の擦りあわせ運用である。もう少し具体的に言うと、官庁の調整が入った、業者間の協調的配分で、過当競争を避けながら、適宜配分し成長する経済運営であった。これは、アメリカなどがまともに見れば、カルテルによる不当競争ということになるが、日本の経済規模が小さく、しかも共産圏への防壁としての地位が重要なため、アメリカも目をつぶっていた。
 こうして、適正な利潤を得た、企業はそれなりの労働者配分を行っていた。
  「サラリーマンは気楽な稼業」
  「亭主元気で留守がよい」
ということで、終身雇用でそこそこの給与が保証されるという、ぬるい状態が続いていた。

 しかし、この状況は、日本が経済大国化し、アメリカ市場を脅かすようになり、更にソ連の崩壊ということで、アメリカ側も甘いことを言わなくなってきた。そして、市場開放を厳しく迫るようになり、正当な競争を迫るようになってきた。
 これを受け、日本企業も、厳しい運営にかじを切ったのが、1990年代からである。
 こうして、バラマキ給与などが使えなうなった状況での、管理職はどうあるべきか、その議論がまだ不十分ではないかと思う。

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