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2016年9月12日 (月)

自己責任を逃れるためのリーダー責任論はダメ

 今朝のニュースを聞いていたら、民進党のリーダー候補が

「自民党の自己責任社会とは全く違う、“ALL FOR ALL”みんながみんなで支え合う、こういう社会を皆さん、我々の力でつくろうじゃありませんか」(民進党・前原誠司元外相)

といっていた。
 この話を聞くと、前の民主党政権の時、リーダーが誤った選択をして、この国をいろいろと危機に導いたことを思い出し、「責任をみんなに押し付ける」体質は、昔から変わっていないなと思った。

 しかし、この逆もあるように思う。オウム真理教の解体後に出てきた教団の人間が言っていることは、

麻原彰晃がすべて悪い、我々は彼に洗脳されただけだ!

というパターンと

教祖が必要、麻原彰晃の子供でも

というパターンである。
 どちらも、一般信者たちは考えることを放棄し、教祖に全ての責任を押し付けることには変わりない。後者の場合には、一見「教祖」をたたえているように見えるが、上手くいかなかったら最後には「教祖」を生贄にささげるだろう。確かに宗教には、そのような面がある。

 しかし、本当の民主主義を考えるならば、個々人の自己責任はある。その上で、リーダとして選ばれた人には、それなりの責任感を持って行動してほしいものである。民主党政権では、われわれはひどい目にあった。しかし、その政権を選んだのは我々であり、やはり選挙の責任はあると思う。

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