ご縁のあった人たち

無料ブログはココログ

« 違いの出る仕事のやり方 | トップページ | 日本的経営について(成立したのは特別な状況) »

2016年9月 3日 (土)

日本的経営について

 

先日の記事 を書いたことで、「日本のもの造り哲学」に書いている、モジュラーとインテグラルについてもう少し考えなおす機会になった。均質な規格に合わせるモジュラー、ここのものを擦りあわせてベストなものを求める、インテグラルの発想だが、これを人材管理の面からもう一度見直してみた。
 従来の終身雇用制を前提にして、社員に技術技能を蓄積する、「日本的経営」は、性的なモノを得るための、擦りあわせを行う、インテグラルな発想だったと思う。しかし、人員を見る時には、単一規格の人員を見ているように思う。新卒一括採用、社員寮に住み、結婚したら社宅に入る。先輩や同僚とは、公私を超えて付き合っていく。その中で、色々な考えを共有していく。こうした形で、均質な規格品の人材の間での擦りあわせではないか。
 このような人員の採用育成に関して、旧陸軍の徴兵検査から入隊後の訓練などの図式を見るのは、少し考えすぎだろうか?

 さて、現在の人材は、多様化している。男女だけでなく多国籍の採用もある。また終身雇用が崩れている。このような状況では、人材のスペックをきちんと管理することが、重要になってくる。人としての「擦りあわせ」はもはやできず、業務上の「擦りあわせ」を行うなら、そのような体制構築や、制度の設計を行わなければならない。 また、従来なら、給与の年功的な上昇もあり、評価も比較的安易に行えた。
 しかし、現在は人員のスペックと業務での必要機能を明確化し、適切な評価を行うことが管理職の機能となっている。昔のように、給与を安易にばらまくことはできない。

 このように考えると、現在の管理職の業務は、従来と比べて、はるかに難しいものとなっている。

« 違いの出る仕事のやり方 | トップページ | 日本的経営について(成立したのは特別な状況) »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 日本的経営について:

« 違いの出る仕事のやり方 | トップページ | 日本的経営について(成立したのは特別な状況) »