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2016年9月10日 (土)

単調な進化か多様な進歩か

 「進化」という言葉の危険性を考えてみた。西洋文明における、「進化論」には、一方向的な進化という意味合いがある。裏返すと、進化したものの優位性を示す発想である。しかし、本当にこのような単調な発想でよいのだろうか?絶対的な進化の向きというものはあるだろうか?
 進化という思い込みが、革新から革命という思想になる。現状を否定し、それより良いものがあると信じて、壊した上で新しいものを作ろうとする。しかし、現実は多様であり、理論通りにいかないことも多い。そのような時、革命的思考は一気につぶれてしまうことが多い。
 さて、「進化」という言葉を、もう少し広く考えてみよう。現在の状況に合わせて、少しづつ改善し適応していく、これも立派な進化ではないかと思う。現状の存在をまず認める。その上で不具合があれば改善してよりよく適応していく。これも進化ではないかと思う。小さな失敗に向き合い、改善していく。さらに思考実験で予測して改善していく。このような繰り返しも、進化ではないかと思う。特に多様化を受け入れるためにも、このような発想が重要ではないかと思う。
 しかしここまで書いたら
  「学習する官僚制」
という立派な事例が、トヨタにあった。トヨタの改善は、絶え間ない進化だと思う。

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