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2016年10月 8日 (土)

宗教の安全化について歴史的検討が必要ではないか

 「NHKスペシャル 未解決事件 オウム真理教秘録」を読んだ。これに関しては、色々と議論したいことがあるが、まず一つ目として、宗教の無害化について少し考えてみたい。
 この本では、麻原彰晃の発言をいろいろ分析し、「オウム真理教の殺人肯定面」を、早期から見出だしている。これは一つの発見である。

 しかし、多くの宗教には、他の教えを非難するものがあり、その教えをはびこらせないためには、力で排除するということは、従来多くの世界でお行われている。特にわが国では、仏教界の人などが、口を拭って、
 「仏教は宗教戦争をしていない。十字軍のように汚れていない。」
と厚かましく発言する場合がある。
 しかし、日本史を見てみよう。まず真言宗では、高野山と根来寺の死闘がある。これは、高野山にとって異端の教えである、覚鑁の新義真言宗という邪宗を封じる戦いである。一方、比叡山は日本の多くの仏教宗派を生み出しただけあって、色々と戦っている。なお、比叡山から出た法華宗も、山科にいた浄土真宗を焼き討ちしている。これは、日蓮の教えをきちんと守り、
  「念仏を唱えれば無限地獄に落ちる。そのような教えは廃絶すべき。」
を実行したのである。これに対して、比叡山の僧兵は、京都の町にいる法華宗たちを焼き討ちにしている。
 さて現在の日本の歴史教科書の多くは、このような宗教戦争は書かずに、織田信長の比叡山焼き討ちだけを書いている。

 このような教育を受ければ
  「平和的な宗教が当たり前」
という刷り込みができても当然である。

 しかしよく考えれば、宗教の無害化に成功することは、日本やヨーロッパの文明が、色々な経験を通じて行ったことである。
 日本史で見れば、織田信長の比叡山焼き討ち、豊臣秀吉の本願寺攻めと仏教宗派全体での合同儀式、そして徳川政権での檀家制度と政治体制への組み込み。このような段階を経て、宗教の無害化に成功したのである。
 もう少し言えば、創価学会と公明党の関係も、研究に値するかもしれない。
 一方、ヨーロッパでも、ローマ法王の権力、英国国教会などが、宗教の無害化に働いたと思う。このような見方で検討すべきものがあると思う。

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