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2016年11月 1日 (火)

納得する手段について(ネット情報の使い方の一面)

 昨日書いた、若手社員のトラブルに関連して、納得ということについて考えてみた。納得する方法にはいろいろあるが、一つの分類は自力と他力である。
 自力は、もう少し分けると、経験的なモノと知識的なモノに分かれる。帰納的と演繹的と言ってもよい。一方、他力は権威などに従う形である。ただし、現在のネット環境では、この権威というものが、怪しくなってきている。

 さて、日本の歴史を見ると、この国は古くは中華文明、近頃では西洋文明を受け入れて、権威を受け入れる形ができている。さらに明治以降の学校教育システムも、教科書という権威に従う形を上手く作っている。このような権威の受け入れは、教祖の言うことをそのまま信じる、宗教の世界にも通じるものがある。人によれば、「科学という宗教を信じている」という言い方もある。
 ただし、現在のネット社会では、情報発信のハードルが低くなったので、色々な意見が出ている。しかし、このような情報の一つをとって、「権威」扱いすることには、ある種の危険性を感じる。確かにネット上の情報でも、その発信者の言っていることを吟味し、新しい観点として取り入れることは、色々な進歩に役立つだろう。しかし、ネットに書いているからと鵜呑みにすることは危険である。最も、私のブログやHPを、いろいろと引用されている方もいるので、私にとってもこの発言は諸刃の剣になる。

 一方、自力での納得に関しては、従来だと経験によるものが多かった。自分が行ったこと、先輩が行ったことの伝承である。そして、ある程度の知的訓練を受けると、これに理論的な検討を加える能力が付き、理論的な納得ができるようになっている。また一般化、抽象化の力があれば、経験を広げて、帰納的な一般法則を作ることで、納得の範囲を広げることができた。最も過剰な一般化による弊害も出ている。

 さて、現在のネット社会では、経験について、ヴァーチャルな拡大が生じている。ネット上のSNS に投稿された多くの写真や動画は、多くの人に仮想体験を与えている。これを自分の体験のように思いこんで行動する人が少なくない。しかし、このような情報には危険性が伴っている。 
 例えば、沖縄での「機動隊員暴言事件」で考えてみよう。このように、一部の「暴言」を事実として切り出す。これを、各種メディアで拡散することで、「政府の横暴」を納得させようとする。一方、これに反発する人もいて、「反対活動家のやりすぎ行動」をネット上に拡散している。これらの一部は、それぞれ事実の断片である。これを自分の経験に準じて、信じ込んで行動する危険性が出ている。
 ただし、上記のように両面の情報を、探せば手に入るのがネット社会の良いところでもある。総合的な図式を自分でまとめて納得する。この力が、現在を生き抜く「知的生活者」の条件ではないかと思う。

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