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2016年12月27日 (火)

コミュニケーション能力の教育に関して

 「手話を言語というのなら:ひつじ書房」について、もう少し書いてみる。前回記事はこちら
 この中で、
   「手話を言語とするなら、国語教育相当の配慮が必要」 
 という大切な意見があった。私はこの意見は大事なものと思うが、現状の国語教育に関してもう少し反省が必要だと思う。
 まず現在の国語教育に関して押さえるべきことは、「言語技術教育」の敗退の経緯がある。
 つまり、言語によるコミュニケーションには

  1. 論理的情報の伝達
  2. 感情面の伝達

の2面があり、論理情報の伝達では、意図がきちんと伝わることを重視する。一方、感情面の伝達では、書いた人の心に寄り添い感じ取る力を重視する。そして、現在の国語教育には
  「豊かな感性を育てる」
方向に重点が置かれている。
 しかし、論理的なコミュニケーションに関する能力を、きちんと育てることは重要である。ただし、この能力は、国語教育だけで育つとは限らない。例えば、小学校から中学校の算数や数学の文章題を、きちんと解く訓練を行えば、論理的な理解力は向上する。
 一方、文字列的な情報だけに頼るコミュニケーション能力の教育で、よいのかという意見が出てこないのが不思議である。現在のようにIT技術の普及に伴い、画像情報が手軽に使えるようになっている。これは、絵画のように芸術的に閉じ込めてよいのだろうか。私が学んだ経験から言うと、画像情報の伝達に関しては、中学の美術、技術家庭の製図という、2つの極端な話からしか学んでいない。
 さらに、身振り手振りなどの演技に関しては、小学校の学芸会の練習か、体育のダンスということになる。
 このような観点から考えると、コミュニケーションの技術という点では、教育環境がお粗末であると思う。

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